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杜鵑草

江戸時代を舞台とした、時代劇な二次小説&オリジナル小説です。

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 〈04〉 手助け

凌霄花

ある朝、早苗と助三郎は職場の総責任者である上司に声を掛けられた。

「話があるから、仕事終わりに残ってくれ」

二人は返事をした後、その日の業務に励んだ。

夕方仕事が終わり皆が帰った後、二人は上司に茶室で待つようにと
指示された。

待ち合わせの場所に向かいながら、早苗は不安な気持ちを露わにした。

「……何の用事かな?」

「ん? なんか気になるのか?」

早苗は歩みを止めた。

「なんか嫌な予感がするんだ」

それを助三郎は一笑に付した。

「気にしすぎだ。単に俺らのもう一方の仕事のことだろう」

「そうかな?」

「そうだ。早く終えて早く帰ろう」

能天気な夫に少し不安が和らいだ。

「そういえば今夜はお富が居ないんだった。食べて帰ろうか」

乗り気な助三郎は、腕を組みながら考えた。

「いいな。何にしようかな…… あ、でも酒は抜きだ」

父親になる自覚が出てきた夫に嬉しくなった早苗。
しかし、まだ懐妊の気配すらない自分に、若干の申し訳なさを感じながらも
素直に感謝の意を示した。

「わかってる。……ありがとう、助さん」





茶室で二人は上司を待った。
すぐ現れた彼は、二人に茶を振る舞った。
そして、突然早苗に頭を下げた。

「渥美、本当に申し訳なかった……」

「あの、何を謝られているのですか?」

「いや、正しくは渥美ではなく、早苗殿に謝りたい」

早苗の嫌な予感が当たった。
己の正体の露見である。
顔色が変わった助三郎を目で制し、焦りを押し隠し
誤魔化しに努めた。

「何かはわかりませぬが、姉に代わって……」

「隠さなくていい。早苗殿……」

その言葉を聞いた助三郎は天を仰ぎ、早苗は固まった。

「大丈夫だ。後藤から全て聞いた。もちろん誰にも言わん。責めもしない。
第一、渥美を失うのは水戸藩にとってはとんでもない痛手だ。
それに、早苗殿に何かあって佐々木が使い物にならなくなるのはさらに怖い」

自分たちは必要とされている。嬉しい言葉だった。

「勿体無いお言葉、ありがとうございます」

落ち着いた二人を確認すると、彼は話を進めた。

「まずは謝りたい。本当の姿でお願いできるか?」

早苗は国許の後藤を信じ、平居を信じ、夫を信じ、目の前の上司を信じ、
変り身を解いた。

「……この姿では初めてお目にかかります。佐々木の妻、早苗と申します」

「ありがとう。改めて、申し訳無かった……」

「あの、ですから、なにを……」

「知らぬとは言え、渥美に妻を娶り直せと言ったこと、
あの偽物の女を佐々木の妻だと信じ、
皆で早苗殿の気持ちも考えず傷つけたことだ」

そんなこともあったなと、早苗は思い出した。
しかし、そんな些細なことをしっかり覚えており、
謝ってくれる上司に驚いた。

「ありがとうございます」

助三郎は申し訳なさそうに口を挟んだ。

「あの、それだけではありませんよね? 今日我々を留め置いたのは」

「そうだ、大事な話がある。渥美の働き方についてだが、
全て承知済みだ。心配しなくて良い」

早苗以上にほっとしている助三郎は安堵の表情。

「ありがとうございます」

「私の権限で、出仕は今までの半分にし、残りは役宅での作業とする。
正式な書類等は渥美の筆跡での作成が必須だが、それ以外は早苗殿の物で構わない」

寛大な処置に早苗は驚いた。
役宅で仕事ができる。


「兆しが見えたら即、私に言うように。申し訳無いが、その気配は?」

「ございません……」

「そうか。佐々木、後でお前だけ少し残れ。いいな?」

責めるような表情を向けられ、助三郎はギョッとした。

「え……」

早苗には意外な提案を申し出た。

「早苗殿、恥ずかしながら我が家は今年十五になる娘を筆頭に五人の子がおる。
妻が相談に乗るといって聞かないので、一度会ってやってもらえないか?」

日中はほぼ毎日出仕している早苗にとって、
周りの役宅に住んでいる奥様たちとの交流は皆無に等しかった。

「ありがとうございます。ぜひ」

ありがたく受け取ると、男の姿に再び変わった。

「よろしく頼むぞ、渥美。さてと、佐々木」

あからさまに嫌な顔をして助三郎は逃げようとした。

「あの、渥美と夕餉に行くのですが……」

「すぐ終わる。渥美は下がってよし」

一礼して、その場を辞した。

「頑張れよ、助さん」


何か叱られるのだろうと身構えた助三郎だが、
上司は怒りはしなかった。

「医者に行ったことは?」

「いえ……」

「一度二人で行ったほうがいい。紹介しておく」

「産婆のあては?」

「下女が、産婆の資格を持っております。一任しようかと」

「そうか。私の家内も手伝える。あてにしてくれ」

「ありがとうございます……」

「さて、夫婦団欒に水を差してはいけない。下がってよし。明日も仕事頼むぞ」

茶室を後にした助三郎は


「待たせたな。さ、帰ろう!」

「大丈夫か?」

「あぁ。さてと、飯だ飯!」
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〈07〉作戦会議

翁草

その日の朝は、珍しく助三郎の方が早く起き、身支度を終えていた。
そして、すでに朝餉の支度が。
しかし、三人分が用意されていた。

「あれ? どうしたこれ?」

その問いに、満足げに助三郎が答えた。

「飛猿と一緒に作戦会議がてら、な」

気がつくと、そこには飛猿がいた。

「おはようございます」

いつ以来かわからない飛猿との食事。
嬉しくなった早苗は笑みを浮かべた。

「おはよう。一緒に朝餉なんて久しぶりだな!」

そう言いながらも、そっと夫の顔色を伺った。
しかし彼は嫉妬も恐れも無縁の顔をしていた。

三人は朝餉を取りながら、作戦会議を始めた。

「お孝によると、三日後に例の相手と改めて見合いの予定があるらしい
今度も絶対に逃げてやるって頑張ってるみたいだ」

情報をまず早苗が報告した。
続いては、助三郎。

「徳さんは、お初さんに逃げられないように、どう阻止するか必死になってる。
また番頭に怒られるからな。
それと、徳さん自身もじきに見合いがあるらしい。
受けて早々に婿入り先を決めたいようだ。
……お初さん諦めるために」

新助から得た情報だった。

「どうしたもんか…… 悪いやつ懲らしめて、お初ちゃんと徳兵衛さんくっつけるには……」

「黒幕が表に出てくれば、一発で御老公が収められるんだが…… 飛猿、動きはどうだ?」

二人の期待に答え、飛猿は最新の情報を報告し始めた。

「ご期待通り、いよいよ表に出てきますよ。
今度のお初さんの見合いで、強引に祝言まで持っていくつもりです」

「まさか……」

早苗の顔色が変わったことに男二人は気づいた。

「はい。茶屋に連れ込んで仕舞えばこっちのもの……」

言った途端、早苗は激怒した。

「ありえん! 絶対に許せん!」

色々嫌な経験もしてきた早苗。夫の助三郎は彼女を宥めた。

「……早苗、落ち着け」

しかし、飛猿は違った。

「格さん、その怒りをそのまま悪いやつにぶつけるんです。いいですね?」

「わかった……」

妻が落ち着き、同僚に戻ったところで、助三郎は話を元に戻した。

「その既成事実を作ろうとする場を、俺らで抑える。だな?」

「はい。お初さんと徳兵衛さんのためにちょっとばかし工夫しましょう。
本番はその後に」

「ほう。面白くなってきた。で? 次は?」

乗り気の助三郎。一方の飛猿は顔色を一切変えず、報告を続けた。

「祝言を上げるためと、茶屋の近くに店が抑えられています。
そこには、親玉がやって来ます……」

「そこで全員懲らしめる。だな?」

早苗もやる気十分。

「そういうことです」

「色々準備が必要だな」

何をどうしようと考え始めた早苗を他所に、助三郎は違うことを考えていた。

「……早苗の扮装はもうおしまいか?」

「いいえ。必要ですね」

「よし! 早苗お嬢様にまた逢える!」

それを聞いた途端さらにやる気を漲らせる助三郎を、
早苗が窘めた。

「何喜んでる、仕事だぞ」

「……はいはい、わかってますよ。格之進殿。
でも、手代の助三郎と早苗お嬢様で、お初徳兵衛の橋渡しをしないといけませんよ」

半ばふざけている彼に、呆れながらも答えた。

「わかってる。ちゃんと考える」

しかしすでに彼は仕事の顔に変わっていた。
驚きながらも、見惚れる早苗。

「飛猿。御老公にも後ほどこの事、報告を」

「はい」





三人は庭に出た。

「よし、手合せするか」

助三郎は木刀を持ち出し、二、三度素振りをした。

「あ、いいな。俺もやりたい」

羨ましがる早苗を横目に、木刀の先を飛猿に向けた。

「俺が先。格さんは審判だ。飛猿、手加減は一切無しだぞ!」

「はい」

木刀と素手の戦い。
凄まじい剣を繰り出す助三郎だったが、飛猿は見事に交わしていった。
息を呑み、見つめる早苗の前で、助三郎は負けた。

「飛猿、強いなやっぱり!」

二人に水と手ぬぐいを差し出しながら、早苗は飛猿の腕前に感心し、
夫が久しぶりに敗北したことにも驚いていた。

「助さん、いつ以来だ? 負けたの」

助三郎はムッとした。
しかし、嫉妬ではない。単純に、悔しかったから。
国で一番という自負があるのに、負けたから。
鍛錬をもっと真面目にしようと、決意し直していた。

「よし、次は俺だ!」

待ってましたと言わんばかりに早苗は庭へ降りた。

「助さんと同様、一切の手加減は無用だ。いいな?」

「はい。遠慮なく行かせてもらいます」

二人の素手での手合わせが始まった。

「すごいな……」

助三郎は二人の闘いに感嘆の声を漏らした。

実践を積み重ねている故に、もはや水戸藩内で柔術の腕で
「格之進」に敵う者はいなかった。
しかし、相手は忍である。真剣な命のやり取りをしている。強かった。
早苗は必死に飛猿をかわしながら、果敢に挑んでいった。
しかし彼は攻撃をほぼ余裕でかわした末に、首筋に手刀を当てた。

助三郎が、采配を振った。

「飛猿の勝ち…… お前も久しぶりに負けたな」

実戦での敗北は怪我、酷ければ死を意味する。
負け知らずだった早苗は、悔しさを味わっていた。

「ありがとうございました」

頭を下げる飛猿に向かい、悔しさを隠さず、早苗は教えを請うた。

「お兄ちゃん、教えてくれ。どこがダメだ?」

彼はその願いにすぐには答えなかった。

「そうですね…… 助さんも、いいですか?」

「え? ああ……」

「お二人とも、いかに相手を傷つけないかを考えすぎです。
骨の一本や二本、折れたって構わねぇ!ってな感じでやっていい」

少々過激な助言に驚く二人。

「相手は悪い奴です。どうせ打ち首や切腹です。腕や足、折れても何も変わりません。
痛めつけられた町人、百姓の恨み、無念、怒りをお二人が代わりにぶつけるんです」

神妙に聞く二人に、彼はさらに付け加えた。

「しかし、感情任せもダメです。感情と理性をうまく制御する。これが肝心です。
腕はお二人とも確かです。問題ありません」

その言葉を二人は神妙に受け取り、気持ちを新たにしていた。

気持ちのいい風がさっと吹き抜けると、飛猿が切り出した。

「では、そろそろ失礼します。仕事がありますんで」

「お、そうだな。俺らもやることが山積みだ」

「次のお初ちゃんの見合いの日までに、段取りを決めよう。お銀にもつなぎを頼む」

「はい。では……」

三人は別れ、それぞれの仕事に取りかかった。

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 〈03〉 大事なもの

凌霄花

 その日、助三郎は久しぶりに堀部安兵衛への接触を試みていた。
町人の姿で近づけば怪しまれる。故に本来の侍の姿で。
 偶然見かけた体で、彼に近寄った。

「あれ? 安兵衛さん? お久しぶりです!」

 彼は自分の名を呼ぶ声を聞くと一瞬怪訝そうな顔をしたが、
声の主を確認するなり笑顔になった。

「助さん? お久しぶりです。江戸にいたんですか?」

「はい」

「いつまでこっちに?」

「今年から江戸詰なんです。なので当分は」

 こう言っておけば、しばしば接触できるようになる。
若干の緊張を押し殺しながら、相手の様子をうかがった。

「そうか。じゃ、今日は景気付けにいっぱい飲みに行こう」

 前と変わらない彼の様子に、内心ホッとした助三郎だった。





 昼間から二人は居酒屋で飲み始めた。

「……へぇ。では、早苗さんも江戸に?」

「はい、連れてきました」

「鴛鴦夫婦だもんな、お二人さんは」

 いや、と照れながらも、彼は次の手をも打った。

「なので今度は早苗も会いたいと言ってますので
是非、ほりさんもご一緒に」

「そうだな。では、近いうちに…… あれ? ちょっと失礼」

 店の外に何かを見つけたと見え、席を外した。
しかし、あっという間に戻って来た。

「すみません。友がさっき通って。戻ってきたら紹介させてくれないか?」

「はい。ぜひ」

 緊張を覚えた。
水戸藩に探りを入れるため、紹介するつもりかもしれない。
 仕事の助三郎はそう身構えた。

「米屋の手代で、金右衛門。助さんと似たような年だと思う」

 しかし、その言葉で、本来の助三郎は期待した。
 年が近い。それだけでどれだけ魅力的か。
だが手放しで喜ばずに探りを入れた。

「……安兵衛さんとはどういうご関係ですか?」

「浪人時代に世話になった。その時からの友達だ」

 そう言われても、完全には信じられない。
一抹の悲しさを覚えながら、助三郎は笑みを浮かべた。
 あの事件がなかったら、どんなによかっただろうか。
彼は浪人などにならず、一藩士のまま自分とは普通の友人関係が続けられていた。
 しかし、過ぎたことは変えられない。
 安兵衛に気づかれないほどの小さなため息をついた。

 そんな彼をよそに、安兵衛は噂の金右衛門を見つけたとみえ、
声を上げた。

「お、来た来た。金右衛門こっちだ!」

 次の瞬間、助三郎は己の目を疑った。

「え……?」

「初めまして。金右衛門です」

そして耳をも疑った。

 目の前に、己の一番の親友である、
『格さん』と瓜二つの男が立っていた。

「どうした? 助さん?」

「あ、すみません。男前だなって……」

 真の理由は隠した。万が一のことがある。
しかし、その男は本当に格之進にそっくりだった。爽やかな笑顔も優しい声も。
本人ではないのだろうかと本気で疑った。

「水戸藩の佐々木助三郎と申します」

「水戸藩の。よろしくお願いします。佐々木様」

 頭を下げた彼を即座に制した。

「佐々木様はやめて欲しい。助さん、って呼んで欲しい」

「はい。では、助さん」

「あと、です。ます。もやめて欲しい」

「え? いいんですか?」

「ああ。格…… 金さんと友達になりたい」

 仕事の自分に本来の自分が勝ってしまった。
しかし当の金右衛門もうれしそうにみえるし、紹介した安兵衛も満足気であった。
 もしかしたら、無用な警戒はしなくてもいいのかもしれない。
期待した。

「こいつ、最近元気がなくて。似たような歳の友達ができたら、
少しは元気になるかなって思ったんだ。よかったな、金右衛門」

「はい!」

 真昼間から始まった三人の飲み会だったが、
日が傾き始めたころにお開きとなった。
 助三郎は金右衛門が格之進とは別人だとおおいに納得していた。
 そして、同時に例えようのない嬉しさを実感していた。
 何度願ったかわからない願いが、今完全ではないが現実となっている。

「じゃ、また。金さん」

「また。助さん」

 絶対に彼にまた会いたい。助三郎は強く思った。





 きれいな夕焼けの中、彼は帰宅した。

「ただいま……」

 玄関で出迎えたのは早苗ではなくお富だった。

「あれ? 早苗は? 今日休みだよな?」

 さっき分かれたのはやはり格之進ではないかという考えがふと沸いた。
しかし、すぐさま下女の言葉でそれは打ち消された。

「はい。お庭にいらっしゃいます」

 クロと遊んでるのだろう。
そう思った助三郎はお富に刀を渡すと、庭へと向かった。

 庭には、さっき別れた男とそっくりな男が、真剣を構えていた。
驚いた助三郎だったが、同時に自分の変化を感じていた。
 少し前までは怖くてしょうがなかった、真剣を手にする格之進の姿。
しかし、今は全く怖くない。その証拠に構えの悪さに目がいった。

「もっと腰を落とせ。脇は空きすぎだ」

 声をかけられ、驚いたと見える早苗。
上ずった声を上げながら助三郎のほうを向いた。

「へ? 助さん?」

 しかし、助三郎は真面目に指摘した。

「いいから、集中だ」

「わかった……」

 夫に言われた点を直したが、指摘を食らった。

「搾りが甘い。それと、まだ腰が高い」

「う…… こうか?」

「全然ダメだ。なんでだ? あ……」

何かに気づいた助三郎。
一方で全くわからない早苗。

「なんだ?」

 苦笑しながら助三郎は指摘した。

「自分の脚の長さを全く自覚してないだろ」

「よくわからん」

「憎いやつだ。いいから腰をだな……」

 ああだこうだ、手取り足取りやっては見たが、
結局合格点はもらえなかった。

「すぐできるものじゃない。身体で覚えろ」

「ありがとう、助さん。じゃそろそろ夕餉の支度……」

 なんとなく気まずい雰囲気を感じ取った早苗は女に戻ろうとした。
しかし、夫に止められた。

「ダメだ。格さんにまだ用事がある。お富!水と手ぬぐい持ってきてくれ」

 戻れなくなった早苗は、おとなしく手ぬぐいで額と首の汗を拭き、
水を飲みほした。
 そして、ずっと自分を見ている助三郎の言葉を待った。

「なんで隠れて稽古してるんだ? 俺が真剣を持つの禁じてたからか?」

「あぁ……」

 ため息まじりに答えた。
 怒られるのではと身構えたが、
予想に反し、彼はただ謝った。

「すまん…… でももう大丈夫だ。これからは一緒にやろう」

「ありがとう……」

 一緒にやろう。うれしい言葉を嚙み締めた早苗だったが、
すぐさまがっかりした。

「でも、やっぱりまずは木刀中心だ」

「なんで?」

「当たり前だ。基礎からやり直し」

「はぁ……」

 やはり鍛錬不足だった。そう痛感した早苗は肩を落とし
 ため息をついた。

 そんな彼女の肩をポンとたたき、助三郎は褒め始めた。

「でも、読み書きそろばんは人並み以上、柔術国一番。
舞踊もできるし料理もできる。最強じゃないか」

 久しぶりに手放しで褒められた早苗は赤面し、
 うつむいた。

「……あと、かわいい」

 ふざけて顎をすくった彼の手を、すぐさまつかんだ。

「道理で酒の匂いがすると思った。酔ってるじゃないか」

 体を動かしたせいで回ったらしい。

「酔ってない。いいだろべつに、早苗!」

 抱き着いてきた彼を、無下に投げ飛ばすこともできない。
どうしたもんかとされるがまま考えていると、
 上機嫌の助三郎が切り出した。

「格さん。久々に一杯どうだ今夜?」

 本当に久しぶりの誘いだった。
 ここ最近ずっと夜は早苗と過ごしてきた彼、
 何か話があるに違いない。

「いいが。その酔いがさめてからだ」

「ちぇ……」





「本当に一杯かよ……」

 いざ酒盛り。目の前に置かれたお猪口に酒が入ってるだけ。
周りには徳利も何もなし。
 ぐいっと飲んだらおしまい。

「ああ。十分飲んだんだろ? 昼間に」

 そういえば、と思い出した。
そっくりな男と、楽しく酒盛りをしたのだったと。

「で、お前は?」

 徳利はおろか、お猪口さえも見当たらない。
代わりにせんべいと湯呑、急須。

「お富に今後一切の禁酒を食らった…… 『懐妊されてた場合どうされるんですか!』って
珍しく怒られた……」

 がっかりした様子の彼女に、助三郎は思い切って聞いてみた。
 それは、面と向かって聞けないことだった。

「……気配は?」

 せんべいを割った。

「まったくないよ! だから一杯でいいから飲みたかったのに」

 懐妊の兆しなし。
酒も飲めない。
苛立ちをあらわにする早苗に、助三郎は猪口を差し出した。

「まぁ、焦ったり気に病むのだけはやめてくれ。俺も頑張るから。今日は飲め。な?」

「え? いいのか?」

 パッと明るくなった表情に、助三郎も安堵した。

「……内緒だぞ」

「ありがとう!」

 ぐいっとやらず、二口ほどで飲み干すさまを眺め、
感想を聞いた。

「うまいか?」

「うまいが、これだけじゃ酒の味はわからん」

 普段のかわいらしい武家の妻女の姿とはかけ離れた
 大酒飲みの発言に、助三郎は天を仰いだ。

「……うわばみめ」

「うるさい。で、どうだった。安兵衛さんは?」

 早苗が聞きたいのはそれだった。
助三郎も頭を切り替えた。

「元気良さそうだ。……だが、こっちにはそぶりも見せない」

 事実、彼はまたもや新しい仕官先を探してると話した。
仇討の様子など一切見せない。

「だが、弥七が言うには、結構な頻度で仲間とやりとりしてるんだろう?」

「そうなんだ。俺には極力知られたくないんだろう。うちは水戸だからな」

 大藩に知られれば、幕府の上層部にも筒抜けになる。
それを恐れているに違いない。

「やっぱり弥七に探らせるのが一番か?」

「かもしれんな。でも、弥七も忙しいからな……」

「じゃあ、俺がほりさんに探り入れようか?」

 もちろん、早苗の姿で。妻どおしの会話から何かつかめるかもしれない。

「……頼めるか?」

「ああ。お孝誘って行く。二人のほうが怪しまれない」

「わかった。くれぐれも、安兵衛さんには早苗で接触するように。格さんは厳禁だ。いいな?」

「なんで?」

「一回も会ってないだろ? 公儀隠密とか、吉良方と勘違いされたらたまったもんじゃない」

「それもそうだ……」

 それはこじつけ。
本当は、早苗と格之進を守るため。
 万が一、そっくりな金右衛門が安兵衛の仲間、赤穂藩士だった場合……
様々な恐れが浮かんでは消えた。

最も大事なのは、目の前の妻であり友である人だった。

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 〈02〉 偽装

凌霄花

その日、お銀は京の山科にいた。

「……今日は収穫少ないかしら」

 今日は赤穂の浪人たちの会議。
それは集まった人数を観たお銀の感想だった。
 少ない人数だが、会議は会議。
 彼女は息を潜めてその行方を見守ることにした。

 会議が始まった。
 即座に、中村勘助が口を開いた。

「御家老、今すぐ討ち入るべきです!」

 彼に続いて、潮田又之丞も声を上げた。

「そうです! 吉良が隠居した今、いつ上杉の屋敷に隠れ住むか、
分かったものではありませぬ!」

「上杉屋敷ならまだまし。出羽に引っ込まれたらどうするのですか!」

 しかし、内蔵助は目を瞑り、黙って聞くばかり。

「ご家老。江戸表にいる同志の一部は気が急いて、
単騎討ち入りを決行しようとするものもおります」

「ご家老!」

「これ、あまり声を荒げるな。誰に聞かれてるかわかったもんじゃない……」

 年長の吉田忠左衛門が宥め、どうにか落ち着かせた。
 皆は内蔵助の言葉を待った。
 しかし、それは期待外れのものだった。

「今日は皆、気が立っておる。旅の疲れもあるに違いない。
 続きは明日にして、今日は飲みに行こう」

 お銀はため息をついた。

「続きは明日かしら……」

 そういいながらも、お銀は刀に手をやった。
 自分以外の忍びの気配を感じていたからだ。
 当然ではあるが、仲間ではない。

 当初こそ様々な物好き殿様が情報収集をしていた。
 しかし、何も起こらない。故にどんどん減っていった。
 今残っているのは、公儀隠密、上杉、吉良……
 即ち皆敵である。

 攻撃してきた忍びと戦い、難なくとどめを刺した。

「さぁ、続きは明日……」

 何事もなかったかのように、彼女はその場を後にした。


 次の日も会議に進展はなかった。
 そして、その次の日。

「ご家老、いい加減に考えをお聞かせください」

「そうです! ご家老!」

 その日も腕を組み、目を瞑って何も言わない内蔵助だったが、
 いつもとは若干違う雰囲気にお銀は気づいていた。

 内蔵助は、ゆっくり目を開くと言った。

「殿の弟君大学様の御赦免と、赤穂藩の再興を第一に考えたい」

「え!?」

「なんですと!?」

「討ち入りはどうされるのですか!?」

 皆の問いかけに応えず、彼は懐から二通文を出し、手渡した。

「こちらを遠林寺の祐海殿に送ってもらいたい。
そしてこちらは、皆で読んだ後に江戸の同志に渡してほしい」

「承知」

 吉田忠左衛門がその文を素直に受け取った。

「では、これにて」

「ご家老!? どこへ行かれるのですか!」

 不満が巻き起こるその場から、内蔵助は悠々と去っていった。
 残された者のうち、過激派からは不満の言葉があふれた。

「とうとう大石様まで腑抜けになられたか……」

「これはもう、江戸に取って返し、安兵衛殿たちと討ち入るしかない!」

 元はお家再興を目指していたはずの中村勘助と、潮田又之丞。
 安兵衛をはじめとする江戸の急進派を抑えるはずが、
感化され過激派になってしまっていた。

 彼らを吉田忠左衛門がまぁまぁと宥める。

「そうわめき散らすでない。まずはこの文を読もうではないか」

「読みたくもないわ!」

 近松勘六は、内蔵助の振る舞いに少々困惑していたものの、
彼らの様子に苦笑しながら、文を読み始めた。

「……そうであったか」

 顔色がさっと変わり、感慨深げにそう呟きながら、
目頭を押さえる近松。
 その様子を見た潮田又之丞は、文を覗き込んだ。

「どうされました? 失望しましたか?」

「百聞は一見に如かず、これを読まれよ……」

「え?」

 読み進めていくうちに、彼の血相が変わった。
 そしてしばらくの後、深々と頭を下げた。

「ご家老、申し訳ございませんでした……」

 一人、また一人と回し読んで行った。
 いつしかその場に不満を漏らす者はいなくなっていた。

 お銀は目を凝らし、文の中身を盗み見た。
 そして必要な情報を掴み取った。

「そういうことね……」

 その重要な情報を江戸の弥七に伝えるため、彼女はその場を後にした。





「お帰りなさいませ」

 夕方、仕事から戻った早苗はお富の出迎えを受けていた。
刀を渡して労った。

「ただいま。いつもありがとう」

 しかし、すぐに元の姿に戻り、
すぐにお富のすぐ横に腰を下ろした。

「お嬢さま、お疲れでしょう。わたしがやると毎回言ってるではないですか」

「お富にはご飯作ってもらって、掃除も洗濯も全部やってもらってるんだもの。
これくらいやるわ」

「ただいま」

助三郎が帰って来た。

「お帰りなさいませ、助三郎さま」

「ただいま、早苗」

 これがしたいがため、早苗は助三郎より早く職場を後にしていた。
うれしそうな助三郎の顔を眺めるのが、幸せな早苗だった。

「お風呂にしますか? 夕餉にしますか?」





 その夜も二人はいちゃついていた。

「もう! イヤ!」

 腕の中から逃れて駆け出す早苗を助三郎は追いかけた。

「やじゃないくせに」

 難なく壁際に追い詰めた。

「イヤなものはイヤなの!」

 そうは言いながら、まったくイヤそうではない早苗。
 壁に手をつき、彼女の顔を覗き込んだ。

「早苗……」

 頬をほんのり染めた妻の顔に近づけた
しかし、次の瞬間目の前が真っ暗になった。


「あ、えっと、弥七か?」

「格さん、夜半に申し訳ありません……」

「こっちこそすまん、気を使わせて……」

「それより、格さん。助さんの顔から手ぇ離してくだせぇ、苦しそうだ……」

 気配を感じたとたん、近づいてきた夫の顔を手で阻止していた。
 しかも、男の手で……

「へ? あ、すまん! 助さん、大丈夫か?」

「指が目に入らなかっただけいい……」

 と言いながらも不服そうな助三郎に、早苗は必至で謝った。

「ごめん。ほんとにごめん……」

 助三郎は無視して、弥七に向いた。
 すでに仕事の顔だった。

「報告か?」

「へぃ」

 弥七はお銀からの情報を簡潔明瞭に報告した。

「ありがとう。まだまだこれからだな……」

 前進したが、まだ行き着く先は見えない。
ため息をつきながらも、助三郎は弥七を労った。

「お銀は引き続き京で見張りを。あっしは、こっちの急進派と吉良方を見張ります」

「ありがとう。よろしく頼む」

「では、お邪魔致しました……」

 弥七が去り、また二人っきりに。

「今から報告書書くか?」

 素っ気なく助三郎は早苗に声を掛けた。

「いや、帳面に書いておくだけにする。報告書は明日にする。
先に寝ててくれていいぞ……」

「ああ」

 布団を敷き、奥深くに潜ってしまった夫を脇目に、
早苗は机に向かって記録を残した。

「終わった……」

 大きく伸びをしようとした早苗だったが、
手を伸ばせなかった。

「 ……疲れてるか?」

 背後から助三郎が腕を回していた。

「へ? えっ……」

「……調子が悪くて勝手に変わったのか、気配感じて変わったのか、どっちだ?」

 すぐに早苗に戻った。

「気配感じたから…… ごめんなさい…… 迷惑かけて……」

 藩には年始早々、佐々木助三郎の妻は江戸藩邸で夫と同居と届け出をした。
表向きには夫婦の屋敷に格之進が居候する形。
 しかし、妻がいながら子を作らず、義理の弟に手を出しているなどと勘違いされたら、
家名に傷が付く。

「迷惑なんかじゃ無い。謝らなくてもいい。ちょっと痛かったけどな」

「うん……」

「よし。じゃあ、さっきの仕返しだ!」

助三郎は早苗を布団に押し倒した。

「いや!」

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〈06〉お灸

翁草

 気配を感じた方へ眼をやると、いつの間にか彼はいた。

「……仕事とは?」

「一杯やりに行くのじゃ、飛猿と」

 突拍子もないことを言われ、助三郎は口答えを始めた。

「それは仕事というのでしょうか……」

「命令じゃ、ほれ軍資金もある」

 命令と言われ、さらに金まで渡されてしまった。
引けなくなった彼は、渋々飛猿と飲みに行くことにした。

 人があまり入っていない静かそうな店を選び、奥の席を陣取った。
 適当に肴を頼むと、互いに酌をし一杯目を干した。

「まさか、こうして助けさんと飲めるようになるとは……」

 ふっと笑い、感慨深げにつぶやく飛猿。
少し緊張が解けた助三郎も柔らかな口調で返した。

「いつまでもガキじゃないさ、俺も」

「そうですね……」

 しかし、会話が続かない。
二人の間には静かな時が流れた。

 助三郎が肴に手を伸ばした時、飛猿が聞いた。

「焼もち、ですよね?」

「な、何が?」

 驚いた助三郎をよそに、飛猿は話し続けた。

「早苗の言動です……」

 やはり彼は全て分かっていた。
どう言っていいかわからない助三郎は、黙っていた。

「注意したんですがね、あいつはよくわかってないようだ……」

「そうなのか?」

「無駄な焼きもちなんか焼かず、早苗にガツンと行けばいいじゃないですか。
早苗の一番は助さんだ」

「だが……」

「煮え切らねぇな…… よし。早苗のためだ。墓場まで持っていくつもりだったこと、話します」

「……なんだ?」

「俺は昔っから、今でも早苗が好きです。女として」

 助三郎の背筋に冷たいものが走った。
やはりそうだったのだ。

「俺は、早苗のじい様に拾われました。だから、血のつながりがある本当の親戚じゃない」

 さらに助三郎は衝撃を覚えた。
 血のつながりがない。まるで、お初と徳兵衛…

「早苗は、俺は親戚のにいちゃんだといまだに信じてますがね……」

 助三郎の心のざわつきに気づいた飛猿。
彼はあわてなかった。言うべきことはまだある。

「ご安心を、助さんから早苗を奪おうだなんて、昔っからこれっぽっちも思ってません。
助さんは武士です。俺はただの忍…… 不相応です。
だから、俺は橋野様の家を出たんです。早苗をすっぱり諦める為に……
早苗の為に…… ですがね……」

 青ざめてうつむいている助三郎を気遣い、彼に酒を勧めた。

「早苗はちびの時から、助さんしか見ちゃいなかった。早苗の世界に男は助さんしか居ないんですよ。
俺の居場所はない…… だから自信をもってください。早苗の為にも」

 助三郎の顔色が幾何かましになった。

「お願いします…… 早苗を幸せにできるのは、助さんしかいないんですよ」

「そうか?」

「はい」

「ありがとう……」

 助三郎の中から、様々な恐怖が消え去った。





 程よく酔った助三郎は明るい気分で戻ってきた。
部屋には、早苗がむっつりして待っていた。
昼間と同じ、お嬢様の格好で。

「おや?どうしました? お嬢様」

 少々酔っている助三郎はご機嫌にそう言ったが、早苗は怒っていた。

「もう! せっかく我慢してこのままでいたのに。どこ行ってたの!」

 怒っている妻をさらに怒らせないためには、正直に答えるのが一番。

「ちょっと飛猿と飲みに……」

「お兄ちゃんと飲みに行ってたの? もう怖くないのね?」

 うれしそうな彼女の笑顔、しかし、助三郎はもう嫉妬しなかった。

「すまん。で、お初さんはどうでしたか? 早苗お嬢様」

「お見合い逃げてるのは、好きな人が居るからだって……」

 もしやと思った彼は、さらに聞いた。

「それでその好きな人は?」

「……秘密にしてね。お初ちゃん、そのせいで今物凄く悩んでるの」

 なんとなくわかった気がした。

「徳兵衛さんを、お兄ちゃんを好きになっちゃったって……」

 やはりそうだったのだ。

「お初ちゃんがお兄ちゃんを好きなこと、お兄ちゃんに気取られて
冷たくされてるんじゃ無いかって……
お父さんやお母さんにも気付かれたせいで、
お兄ちゃんは母屋から追い払われて他の手代と同じ扱いさせされてるんじゃ無いかって……」

 わかっている助三郎は、これからどう動けばいいのかをも計画をその場で組み立てた。
そして、不安がる妻にやさしく言葉をかけた。

「早苗、大丈夫だ。何の問題もない。むしろ最高だ」

「どうして?」

「二人は血が繋がってない。徳さんも同じだ。お初さんを妹として見られなくなったって……」

「え!? じゃあ、好きになっても大丈夫ってこと?」

「そうだ。必要なのは、お互い素直になることと、悪い奴を、懲らしめることだ」

「よかった……」





 本当に幸せそうな早苗の姿に、助三郎はうずうずし始めた。

「ところで、お嬢様……」

 早苗も安心しきって余裕が出たのか、彼の芝居に乗った。

「なに? 助三郎?」

「ごめん……」

 助三郎はそっと唇を重ねた。

「お嬢様。もうこれ以上、我慢出来ません……」

「許してあげてもいいけど、私の命令聞いてくれなきゃダメ」

 早苗は無邪気に笑った。

「なんでしょう? お嬢様」

「お嬢様って呼ぶのは禁止。早苗って呼んで。です、ますもだめ」

 かわいい命令に、助三郎は笑い返した。

「……早苗」

「そう」

「これでいいか? 早苗?」

「えぇ。あ、でも、ここじゃダメよ、ちょっと待って…… あっ……」





 藩邸の庭の隅、お銀は突然男から声をかけられた。

「……お銀。どこ行く?」

「早苗さんに報告よ」

「明日の朝にしな。お嬢様は、手代の助さんとお楽しみ中だ」

 お銀は笑みを浮かべた。
ようやく今夜は夫婦らしい夜になったようだ。

「まぁ! いけない手代さんね! 大旦那様に言いつけないと!」

 お銀は報告には向かわず姿を消した。
一人残された飛猿は夜空を見上げてつぶやいた。

「……灸が効いたかな?」

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喜 世

Author:喜 世
歴史(特に江戸時代)が好きです。
物好きが高じて、小説を書くようになりました。
楽しんで行ってくださいね☆

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