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 ←〈15〉 香代の婿殿 →〈17〉 夫婦、親友、兄弟
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「雪割草シリーズ」
金銀花

〈16〉 本当の兄弟

 ←〈15〉 香代の婿殿 →〈17〉 夫婦、親友、兄弟
千之助は毎日武術の稽古、学問、男としての心構えを叩き込まれた。
剣術は助三郎の弟だけあって筋が良く、たちまち格之進と対戦して勝てるくらいの技量になった。
 
 そうして一月経ったある日の早朝、早苗は千之助に柔術の稽古をつけていた。

「相手をよく見ろ! 隙だらけだぞ!」

「はい!」

 早苗が隙を作ってやると、迷わず千之助は立ち向かってきた。
一本とまではいかなかったが、立ち回りは早苗が十分満足できるものだった。


「できるじゃないか。その息だ。いいな?」

「はい!」



 二人で休憩していると千之助からこんな話が出た。

「……兄上、助三郎兄上とどうしたら仲直りできますか?」 


 それは早苗も心配していたことだった。
あれから溝が埋まる事はなく。兄弟の会話はほとんどなかった。挨拶、受け答え、必要最低限だけだった。


「……兄上に剣術教わりたいんです。平太郎殿も良くしてくれますが、やはり兄上と一緒にやりたい。
それに、私を弟と認めてほしいんです。……前はあんなに喜んでくれたのに、今はまったくです」


 以前、冗談で男に変えた時は大喜びしていた。助三郎が千鶴に寄って行き、千鶴は拒否した。
しかし今は千之助が助三郎に寄って行くと、助三郎は遠ざかる」
 正反対だった。


「……時間がまだかかるかもな。俺も協力するから、落ち込むんじゃないぞ」

「はい。ありがとうございます」

 

 

 その日の夕方、助三郎と話している早苗のもとに文が来た。
差出人は江戸の由紀だった。
 早速、夫婦は仲良く一緒に文を読んだ。

 子どもが産まれたと文には書いてあった。 
少し前、早苗の兄平太郎にも女の子が産まれ、早苗は叔母に助三郎は叔父になっていたが、友の子どもというのは初めてで興味津々だった。


「で、どっちだ?」 

「男の子。慶太郎ちゃんだって」

「へぇ、父親と母親どっちに似てるのかな?」

「……見たいなぁ」

「旅があればいいんだがなぁ…… 上様、御老公を呼んでくれないかな?」

「そうね。でも、千之助さんと香代ちゃんの祝言があるからダメね」

「そうだな……」



 その晩はいったん諦めた夫婦だったが、良い機会が巡ってきた。
数日後のある日、早苗は父又兵衛に呼ばれ、実家に戻っていた。
 兄と、義弟が剣術鍛錬をしているのを二人で眺めた後、又兵衛は早苗に質問した。

「千之助殿は、馬術はできるか?」

「はい」

「では、馬が要るな」
 
「そうですか?」

「婿入りだ。買ってやったらどうだ? 嫁入り道具は要らんのだからな」

「……そうですね。夫に聞いてみます」




 その日の夜、早速早苗は助三郎に父の話を伝えた。
すると、助三郎は話に乗った。

「良い馬屋を知ってる。俺の虎徹《こてつ》もそこで買ったんだ」

「そうなの? じゃあ、良い買い物ができるわね」


 虎徹は雄のおとなしい黒い馬。賢く、暴れたりはしない。
また、彼は他の馬と大きく違った。それは格之進を背に乗せること。理由が解らないが、たいていの動物が格之進の姿を嫌がる。
 自分のもう一つの姿を嫌がらない虎徹が早苗は大好きだった。


「それで、その馬屋はどこなの? 近い?」

 そう助三郎に聞くと、笑顔で返事が来た。

「江戸だ」

「江戸?」

 早苗はなぜ夫が笑顔なのか、『江戸』という言葉を強調するかわからなかった。
しかし、次の言葉で理解できた。

「早速お暇を貰おう。由紀さんと与兵衛さんのところへ行けるぞ」




 江戸行きが決まったが、助三郎の暇が取れたのは文が来て一月が過ぎていた。
祝言まで後一月、千之助の特訓も総仕上げ間近だった。
 しかし、相変わらず兄弟の関係は変わらずじまい。


 早苗を虎徹に乗せ、助三郎が引き、後に千之助が続くという形で江戸へと出発した。
 二日ほどで、江戸の由紀と与兵衛の屋敷についた。しばらくそこに泊めてもらうことになった。

 夫婦は由紀が産んだ慶太郎を抱っこさせてもらい、話を聞いた。

「首がしっかりしてきたの。それにね、少しだけお話するのよ」

 すっかり母親顔の由紀のその言葉に、助三郎は笑った。

「アーやウーじゃ話じゃないでしょう?」

 由紀はそれにすかさず反論した。ついでに嫌味も添えて。

「それが赤ちゃんのお話なの! 助さん、抱っこだけは上手いですね」
 
「子どもは大好きだからな」


 そんな夫の姿を見た早苗は不安を抱いた。
 子が出来る気配がない。
 尤も、千之助の手前があると言って助三郎は早苗を一切抱かなかった。それ故、子ができるはずがない。

 しかし、徐々にだが早苗は焦りを覚えていた。


 そんな彼女の暗い顔に助三郎は気付いた。すぐ抱いていた赤ん坊を母親に返し、早苗を連れ出した。
縁側に座り、きゅっと結んだ早苗の手に手を重ね謝った。

「……すまん。あいつの祝言終わったら、絶対誘うから」

「……うん」

「心配するな。お前は何も悪くない。だから、焦るのだけはやめてくれ」

「わかった……」



 それから二日後、千之助の馬は難なく見つかった。
しかし、早苗は改めて兄弟の溝を見た。
 弟と二人きりになることを助三郎は避け続け、会話を積極的にしようとはしなかった。
そんな二人を早く元通りにしなければと、決意した。
 祝言まで日がない。婿として送り出す前に、仲直りさせないといけない。そう思い、思案に暮れた。
 
 明朝出立と決まった夕刻、早苗は支度をしていた。
終わった後、夫の姿を捜したが見当たらず、義弟は見つかった。彼は一人、灯りをとって書見をしていた。

 仕方なく、由紀に窺うことにした。
彼女はぐずっている息子をあやしていた。

「助三郎さま見なかった?」

「さっき与兵衛さまと飲みに行ったわ。夜には帰ってくるって」

「そう。……やっぱり千之助さんおいてきぼりか」


 溜息をつく早苗に気付いた由紀は、息子を下女に預け早苗に聞いた。

「……あの二人何かあったの?」

「……溝が埋まってないの。未だに、弟として認めてないの。二人で話そうとしないし…… どうしたらいいかな……」

 由紀に千鶴が千之助になった経緯は話したが、助三郎と千之助のいざこざは話していなかった。
困ったときに、親友の助けは大きい。由紀は少し考えた後思いついたらしく助言を早苗に与えた。

「ちょっとお金かかるけど、こんなのどう?」

「なに?」




 次の日の早朝、佐々木家一行は水戸に帰ることとなった。
と言っても、見せかけ。早苗は兄弟の仲を戻すため、由紀から教えてもらった事を実践するつもりだった。
 江戸を出て、宿場を二つ過ぎたころ早苗は突然馬の手綱を引き、馬を止めた。
 

「おい、なんでここに止まるんだ?」

「ちょっと用事。下りるわね」

 ひらりと馬から下り、早苗は目指す場所へ歩いて行った。
突然の出来事に助三郎は驚き、彼女のあとを追いかけた。

「おい、待て! 一人で行くな!」



 早苗に追いつくと、彼女は宿の前にいた。
わけがわからない助三郎は彼女に聞いた。

「……なんで宿に泊まる? まだ昼だぞ」
 
「そうですよ。義姉上、このまま行けば夕刻には松戸の宿には着きます。ここで泊まらずとも……」

 夫と義弟に詰め寄られ、早苗は一瞬ひるんだ。
しかし、すぐ気持ちを切り替えて二人に言った。

「良いの! 泊まりましょ。格之進の奢りで!」

 その言葉に助三郎は呆れた様子だった。

「はぁ? あいつ絶対怒るぞ無駄遣いだって」

 しかし、早苗は不敵な笑みを浮かべた。

「フフフ…… あの人の財産はすべてわたしの物よ。有無を言わせないわ」

「おぉ、怖。 格さん可哀想に…… 今度奢ってやろう」



 おふざけはそこまでにして、早苗はそこに宿をとった。
そして部屋に夫と義弟が落ち着くのを見計らうと、焦ったように言った。

「いけない! 由紀の所に忘れ物したから取りに行ってくるわ」

 もちろん嘘だった。

「気をつけろよ。あぁ、そうだ。虎徹に乗ってけ。それと早苗で行くな。格さんで行けよ」

「わかった。じゃあね!」


 早苗は宿の女将に事情を話し、一人由紀の元へ戻った。






 夕方、部屋の隅でずっと寝転がっているだけの助三郎に千之助は声をかけた。

「……兄上、義姉上遅くありませんか?」

「さぁ……」

「馬で駆ければ、もう戻ってきてもおかしくありませんよ」

「由紀さんと話し込んでるだけじゃないか?」

「……そうですか?」

 少し会話はできたものの、助三郎は千之助の方を一切振り向くことはなかった。
 溜息をつき、千之助は暇つぶしに窓の外をボーっと眺めていた。
段々と日が陰り、暗くなっていった。
 
 しばらくすると宿の者がやってきた。部屋には灯りがつけられ、もう夜だった。
 膳も運ばれたが、なぜか用意されたのは二人分。

 助三郎はすぐさま、挨拶に来た女将に言った。

「……あと一人居るんだが」

「奥様ですか? それならお二人で泊まるようにとの伝言がございました。明日の朝迎えに来ると」

 その言葉に、兄弟二人は声をそろえた。

「……え!?」

「ホホホ。仲がよろしいこと…… ではごゆっくり」


 二人きりになった部屋で、兄弟二人は向き合って食事をとった。
 しかし、助三郎はほとんど口を聞かず早々に夕餉を平らげ、席を立った。

「……風呂入ってくる」

 
 その宿は岩を彫った露天風呂のあるかなり贅沢な宿だった。
食事も豪華。女将の挨拶まであった。
 よくもこんな贅沢なことを早苗はしたなと思うと、金にうるさい格之進の怒る顔が浮かんだ。
しかし、彼より強い早苗の権限を思うと笑みがこぼれた。

 助三郎は妻で同僚で親友。そんな早苗が自分に居てよかったと改めて感じていた。
同時に、未だ元妹の結婚を心から祝福できない自分の弱さに落胆した。
 
 千之助は最愛の女と一緒になる。そんな自分と同じようなことをした彼を、見た目もよく似ている彼を弟として認められない。
妹にいつか戻るのでは。目が覚めたら、千鶴が立っているのではと毎日思ってしまう。ついつい、冗談で妹を弟に変えてしまった罪悪感に駆られる。


 そんなことをつらつら考えていると、突然人の気配がした。
 湯女などいない高級な宿、おかしいと気配を探ると声がした。

「……兄上、一緒によろしいですか?」

「あ? あぁ……」

 気配は、千之助だった。
 彼は岩風呂の助三郎から少し離れた所にしばらく黙ったまま浸かっていたが、おもむろに口を開いた。 


「……兄上、私が嫌いですか?」

 この言葉に驚いた助三郎だったが、ぼそっと言った。

「いや……」


「では、私を恨んでいますか? 女を捨て、男になったことを。怒ってますか?」

 この質問に、再びぼそっと呟いた。

「そんなことない……」


 すると、直接的な疑問が飛んできた。

「では、なぜ私を避けるんです?」

 助三郎は胸が痛くなった。避けていることを弟が感じていたことに、申し訳なさを感じた。
しかし、彼に向き合えない自分の不甲斐なさに、何も言葉を発せなかった。
 

「……一緒にしたいことたくさん有るんです。兄上と」

 助三郎は彼の言葉にはっとした。

「……俺とか?」

「はい。せっかく男に、弟になったんです。今までできなかったこと、いっぱいやりたいんです」

「……たとえば?」

「剣術教えて貰いたいです。ダメですか?」

 助三郎は言葉を返すことができなかった。
 顔を伏せたまま、長い沈黙が続いた

 そして、とうとう助三郎は心の底に溜まっていた黒いものを吐き出し始めた。声は震えていた。


「……千鶴。あのな、俺、怖いんだ」

「何がです?」

「……お前が男になっていくのが怖いんだ。……俺の妹が、千鶴がいなくなるのが怖くてたまらない」

「えっ?」

「俺が冗談半分でお前を男にした。そのせいで本当に男になっちまった。たった一人の妹を俺がこの手で殺したようなもんだ……」

 そう言って助三郎が見つめる手は震えていた。
千之助は今までふざけている兄、厳しい兄しか見たことがなかった。
 ここまで弱弱しい兄の姿を見るのは初めてだった。

「兄上、それは違います。私は生きています」

「……いいや。俺は、お前の大事な人生奪ったんだ。可愛い着物着て、お化粧して、綺麗な髪飾り付けて…… その楽しみを俺が奪ったんだ。だから……」

「兄上。そんなこと気にしないでください。私は兄上を恨んでなんかいません」


 しかし、助三郎の落ち込みは深かった。
そこで千之助はあることを思い出した。美佳から言うなと止められていた、自分の話。

「……兄上、今から言うこと、母上には言わないでくれますか?」

「……なんの話だ?」

「うっとおしい親戚の話です」

「……どんな話だ?」

「あいつらは私を城に上げようとしていたそうです。手が付いて側室に召し上げられたら佐々木家の手柄。栄華も思うままだと」

 この言葉に、助三郎は落ち込むのをやめ険しい表情になった。

「……なんだと? 本当か?」

「はい。母上から聞きました」

「お前はその時どう思った?」

「側室なんてまっぴらごめんです。男に抱かれるなど今考えてもゾッとする」

「そうか……」

「ですから、女のままの方が不幸になってたんです。男だったら、香代と一緒になれるし、藩の役に立てる」

「そうか……」



 兄が落ち着いたと見た千之助は、笑顔で彼に言った。

「兄上、いくら姿が男でも、私の中身は千鶴のままです。変わってません」

「……そうか?」

「女だった時の思い出はしっかりあります。ちょっと兄上にキツすぎたかなと思いますが…… 叩いたり、貶したり……」

「そういえば、お前最近やたらと俺に寄ってくるよな。前は早苗ばっかりだったのに」

 助三郎の返答は、声が明るくなっていた。
うれしく思った千之助は言葉を続けた。

「義姉上はまだ大好きです。でも、これからは兄上ともっと仲良くしたい」

 すると、助三郎から返事が来た。

「ありがとな…… こんなバカ兄貴に……」

 声は震えていた。そんな彼に、千之助は少しからかって、聞いてみた。

「泣いてるんですか?」

「あぁ…… 泣いたし、お前と話せたし、なんかすっきりした」

「そうですか。良かった……」

 ほっとしていると、助三郎は千之助に近づいて言った。

「それにな、夢がひとつ叶った」

「何のです?」

 すると、助三郎は千之助の肩に手をまわし、笑い掛けた。

「弟と風呂に入る夢だ。……あ、いかん。お前平気なのか? 俺の裸見ても触られても」

「別に何ともないです」

 助三郎は今までしっかり見れなかった弟の姿を眺めた。
それは、どこからどう見ても男だった。

「前より結構筋肉ついたな」

「そうですか? でももっと鍛えますよ。格之進兄上が目標です!」

 助三郎は弟に向かい真剣に言った。

「……絶対あいつの前で身体の事言うなよ」

「なんでです?」

「あいつ、自分の身体嫌ってるんだ。嫌なことあったからな…… お前は根も男になったが、格之進の根は女だ。わかるだろ?」

「はい。気をつけます」

 しかし、ふざけるのが好きな助三郎。ニヤリとして言った。

「……だがな、あれぐらいになればモテモテ間違いない」

「兄上。私は香代にさえ持てれば言うことありません!」

「ハハハ。俺は早苗だ! ……いかん。逆上せてきた。もう上がろう」

 風呂に長く浸かりすぎたせいで、助三郎は危なくなってきていた。
しかし、それを千之助は止めた。

「まだ駄目です」

「なんで?」

「背中、流させてください」


 助三郎は、それからも弟と楽しい風呂の時間を過ごした。
 そして部屋に戻ると、酒盛りになった。
弟と初めて飲む酒。こんなに美味かったかと思うくらい楽しくうれしい酒の席だった。
 程よく酒がまわったころ、助三郎は弟の名を呼んだ。

「千之助!」

 呼ばれた千之助は感無量だった。

「はい! やっと呼んでくれた。やっとだ……」

「お前は俺の弟だ!」

「はい!」

「人前では『兄上』はダメかも知れんが、俺はお前の兄貴だ。いいな?」

「はい。兄上!」

「お前とこうして飲めるのも、早苗のおかげだ! そこで、あれに贈り物をしたいと思う!」

「何をですか?」

「早苗にも馬を一頭! どうだ?」

「良いですね! 義姉上喜びますよ」

「驚かせよう! 明日格さんを馬屋に引っ張ってくぞ!」

「はい!」

 千之助は酒に弱い体質まで父や兄に似ていたらしい。
二人で飲んで騒いだあと、仲良く布団も敷かずに寝てしまった。
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