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 ←〈05〉 雪景色 →凌霄花 あらすじ
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「雪割草シリーズ」
雪柳

〈最終話〉 クロの使命

 ←〈05〉 雪景色 →凌霄花 あらすじ
光圀のところから帰ってきたクロは布団に入ったとたんすぐに眠ってしまった。
早苗と助三郎は彼の両隣で布団に入って寝顔をずっと眺めていた。
 早苗は小さな声で言った。

「……可愛い寝顔」

「……だな」

 助三郎も同じくそっと彼女に返した。
そんな子どもが好きな彼の優しい笑顔に、早苗の胸は苦しくなった。
 そして、ふと思ったことを口にした。

「……このままじゃ、ダメかな?」

「……え?」

「……クロをこのまま人間にしたら、ダメ?」

 助三郎の顔から笑みが消え、真剣な眼差しになった。

「……どういうことだ?」

 早苗は言ってはいけないと思ったが、言った。

「わたしの子に……」

 するとすぐさま助三郎は布団から起き上がり、早苗の布団の隣に行った。
そして彼女の手を取ると、部屋の外に出た。
 庭の雪は月で照らされ、辺りはぼんやりと明るかった。
空気は冷え、身が締まるような寒さだった。
 そんな寒さのような助三郎の表情は、厳しいまま穏やかにはならなかった。
そして、真剣な口調で助三郎は話し始めた。

「……早苗、クロは犬だ。人間じゃない」

「でも、秘薬で本物の男にも女にもなれる。犬も人間になれるかもしれないわ。人間になれば……」

 言い終わらないうちに、助三郎が言葉を重ねた。

「長生きできる。クロは賢い、人並みに生活できる。俺の後継ぎに出来る。……そう考えたんだろ?」


 彼の言った内容は正しかった。
しかし、彼はその考えを快く思ってはいなかった。

「……本当にそれでクロが幸せだと思うか?」

「それは……」

 早苗はクロの気持ちを聞いていない事を思いだし、言葉を濁した。
すると助三郎が言った。

「あいつ何度も言ってたろ? 自分は犬だって」

「うん……」

「あいつが人間になって幸せとは限らない。お前の一存で決めたらダメだ」

「……そうね。でも、あの子がなりたいって言ったら?」

 早苗は諦めてはいなかった。
クロを人間のままにすることしか、彼女の頭になかった。

「……ダメだ。クロは俺たちの大事な家族だが赤ん坊や子どもにはならない」」

 この言葉を聞いた早苗は、自分の言ったことを後悔した。
全く血の繋がっていない子を養子にしても、うるさい親戚が怒るだけ。
 助三郎に繋がる子に跡を継がせなければならない。
 
「ごめんなさい。わたし……」

 突っ走った身勝手な考えを夫に話してしまった早苗は自分を恥じた。
と同時に、子どもが好きな夫に、子どもを抱かせてやれない不甲斐なさを感じた。
 すると、助三郎が言った。

「お前の子は、お前が産むんだ。赤ちゃんから育てるんだ」

 ようやく穏やかになった助三郎の声を聞いた早苗は、猛烈に悲しくなった。
そして、浮かんで来る度に不安に駆られる、ある考えを口にした。
 その声は、震えていた。

「わたし、もしかしたら産め……」

 言い終わらないうちに、助三郎に口を押さえられた。
そして、穏やかな眼差しで彼は言った。

「……余計なこと、絶対に考えるな」

 そして早苗を抱き寄せしっかりと抱きしめ、彼女の耳元で言った。

「……お前は何も悪くない。絶対に焦るんじゃない。自分を追い詰めるんじゃない」

「でも……」

 助三郎の力が強くなった。

「『でも』は無しだ。いいな? 暗い顔するんじゃなくて、笑って、どんと来いって構えるんだ」

「……笑って?」

「そうだ。泣いたらダメだ。落ち込んだらダメだ」

「……頑張ってみる」

 そして二人は抱きしめ合ったまま、廊下に立っていた。
しかし、そう長くも続かなかった。

「そろそろ部屋に入ろう。寒い」

「うん」

 大人しく二人は部屋に戻り、布団に入った。





「クロを犬に戻す」

 数日後、助三郎は苦しそうに早苗に告げた。
すぐ目と鼻の先に関所があったからだ。
 通行手形がない人型のクロは通ることが出来ない。
犬ならば、『お犬様』で難なく通してくれる。
 元に戻る時が来た。

 未練を断ち切るために、早苗は男に姿を変えてみた。
しかし、中身は早苗のまま。感情が変わることは無かった。
 『格さん』と呼んで、早苗の時と変わらず懐いて寄ってくるクロが、可愛くて仕方がなかった。

 ずっとクロと一緒に居る彼女の姿を見た助三郎が言った。

「……格さん。クロは戻すんだ」

 しかし、未練タラタラの早苗はとんでもないことを言い出した。

「弥七と一緒に裏道抜けさせれば、クロを戻す必要無いんじゃないか?」

「ダメだ。弥七は忙しい」

「なら、お銀に頼んで……」

 助三郎は溜息をついた後、言った。

「格之進。お前らしくないぞ。今は仕事だ。御隠居の護衛が第一だ」

 普段は早苗が言うようなことを助三郎が言った。
その異様さに、早苗は自分が身勝手すぎると気付いた。

「……すまん。そうだ、仕事だな」

 溜息交じりにそう言った様子に、助三郎は呟いた。

「……辛いのはわかる。犬に戻って、話せなくなると思うと俺だって悲しい」

 本当に悲しそうな彼の顔を見た早苗は、悲しさとある後悔に捕らわれた。

「こんなになるなら、秘薬なんか持ってこなけりゃよかった。処分しとけばよかった……」

 すべてはそこから始まった。
秘薬さえなければ、クロはずっと犬のままだった。
普通の飼い主と犬の関係で一生を終えるところだった。
 しかし、人間になったことで三人での楽しい思い出がいっぱいできた。
二人の感情は様々な物が混ざり合っていた。
 しかし、助三郎が口を開いた。

「……俺がやろうか?」

「いいや。俺が……」

 早苗は自分でクロを元に戻すことを決意した。
 ただ解毒剤を渡せば済むこと。しかし、なかなかそれが出来なかった。
そして、クロを目の前にして聞いてはいけない事を聞いてしまった。

「……水戸に戻ったらまた秘薬飲むか?」

「どういうこと?」

 一点の曇りもない純粋な眼でクロは早苗を見た。
その眼に、早苗は続きを言ってしまった。

「……犬じゃなくて、本当の人間になる気はないか?」

「……出来るの? そんなこと」

 驚いたように聞くクロに、早苗は続けた。

「たぶん。だからさ……」

 しかし、言葉が詰まった。
 彼女の中で二つの気持ちが闘っていた。
常識で当たり前にいけない事だとわかっている『格之進』としての気持ち。
クロを自分の子どもにして育てたい『早苗』の欲望。
 この二つに挟まれた早苗は何も言えなくなった。

 二人の間に沈黙の時が流れた。


 一方、クロは苦しそうな悲しそうな不安そうな早苗の顔を見ているうち、光圀から託されたことを思い出した。
 それは、大事な使命だった。
 そしてきっぱりと早苗に言った。

「早苗さん。クロは早苗さんの子どもじゃない。助さんと早苗さんの飼い犬だよ」

「でもな……」

 未練がある早苗は説得しようと試みた。
しかし、クロは聞こうとしなかった。

「赤ちゃんは、早苗さんが自分で産むんだよ。クロは犬に戻るの」

 夫と同じようなことを言う飼い犬に、早苗の胸は苦しくなった。
しかし、次のクロの言葉に少し救われた気分になった。

「早苗さんの赤ちゃんといつか遊びたい。だから、絶対諦めないで。ずっとクロが早苗さん守るから。犬はお守りなんだよ!」

 最後の妙な言葉が早苗は気になった。

「へ?」

「おじいちゃんに教わったの。犬は赤ちゃん守る動物だって。
だから、クロはずっと早苗さんの傍に居る! 産まれてくる赤ちゃん守る!」

 犬は安産の象徴。それを光圀はクロにわかりやすく教えたようだった。
主と飼い犬の優しさを痛感した早苗の眼に、涙があふれた。
 知らない間に、姿は元に戻っていた。

「……おいで、クロ」

「なに?」

 早苗はクロをギュッと抱きしめた。

「あなたは賢い子。大好きよ」

「クロも早苗さん大好き」

 早苗はクロにそっと自身の決意を告げた。

「……赤ちゃん頑張ってみる。応援してね」

「うん」

 そのまま早苗はクロを抱きしめ続けた。
すると、クロが呟いた。

「……温かい。母ちゃんみたい」

「へ?」

 はじめて彼の口から聞く『母ちゃん』の言葉。
早苗に向かって言うことは一切なかった。
 やはり母親には成り得ないと改めて痛感したと同時に、クロの過去が気になった。
捨て犬だった彼のこと。辛いものでは聞きづらい。
 しかし、早苗はすべてを受け入れるつもりで、彼に聞いた。

「お母さん、覚えてるの?」

 そう聞くと、クロは少し悲しそうにつぶやいた。

「……匂い忘れちゃったけど温かかった。優しかった。でもね……」

「でも?」

 するとクロは俯いたまま、早苗の着物の柄を見詰めながら言った。

「……母ちゃんの飼い主はびんぼうだったんだって。それで、クロとにいちゃんたちは家に居られなくなったんだって。……あ、これはね、にいちゃんに聞いたの」

 捨てられていたときは五つ仔だった。
 仔犬が入っていた籠の中には、『仔犬を頼みます。可愛がってください。』という書付があった。
 そう書いた以上、飼い主は悪い人ではない。そう早苗も助三郎も思っていた。

「クロが覚えてるのは。助さんに助けてもらった日の朝にね、母ちゃん泣いてたこと」

 クロの言葉に、早苗は驚いた。

「えっ……」

「母ちゃん、ずっと『ごめん』って言って泣いてた。でも、いっぱいなめてくれた」

 早苗はいつも元気な飼い犬の悲しい過去に、たまらず涙した。
するとクロが、早苗の涙を手でぬぐい、真剣な眼で訴えた。

「泣かないで。泣く顔と声、大キライ。見たくない!」

 泣き顔を見たくないと訴える彼に、早苗は約束した。
それは、同じようなことを訴えたことのある、最愛の人への約束でもあった。
 そして涙を袖で拭うと、笑顔で言った。

「……あなたの前では絶対泣かないわ」

「約束だよ。ずっと笑っててね」

「えぇ。約束するわ」


 しばらくクロを抱きしめていた早苗だったが、時が迫っていた。
懐から解毒剤を取り出し、手に乗せた。
 覚悟はできていた。
 しかし、ふとあることをクロに聞いてみたくなった。

「最後に一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「格之進を嫌う仔がいっぱいいるけど、理由知ってる?」

 それはどうしても知りたかったことだった。
今まで馬に振り落とされ、猫に逃げられ、抱っこしていた犬に暴れられた。
 早苗の姿では寄ってきてくれる動物も、ほとんど近寄ってこなくなる。
 大丈夫なのはクロと、国に残してきた愛馬と野生の動物くらい。

 クロはすぐにその答えを早苗に教えた。

「格さん怖いっていうこが言ってたのはね、不思議な匂いがするからだって」

「不思議な匂いって?」

「格さんの時にね、クロが食べた秘薬の匂いが少しだけするの。それが怖いんだって」

「……そうなの?」

 普通では考えられない能力が付く秘薬。
その異様さが、敏感な動物には恐ろしいものだったようだ。
 しかし、それを教えてくれたクロは笑顔で言った。

「クロは平気だよ。格さん優しい。早苗さんと一緒だもん!」

「ありがとう。クロ」

 早苗はもう一人の自分を受け入れてくれるクロを、本当に愛おしく思った。
しかし、もう未練は無かった。
 潔くクロに解毒剤を手渡した。

「またねクロ」

「またね。早苗さん」

 大人しくクロは飲み込んだ。


 少しすると、早苗の眼の前には真黒の犬が座っていた。
まぎれもなく、クロだった。
 早苗は彼の頭を撫でて言った。

「クロ。戻ったわよ。尻尾、ちゃんとあるわよ」

 クロはくるりと回って尻尾を確かめる素振りをした後、それを大きく振った。
そして早苗の顔を見て吠えた。

「ワン!」

「……へ?」

 早苗は自身の耳を疑った。


 身支度をほぼ済ませ、早苗と犬に戻ったクロを待つばかりだった助三郎は、光圀と茶をすすっていた。
静かな部屋だったが、二人の耳に、人が走る足音が聞こえた。

「あれは何でしょうね?」

「騒がしいの。何かあったのかの?」

 しかし、その足音は次第に大きくなり、彼らが居る部屋の前で止まった。
 そして思いっきり障子が開いた。
勢い余り、それが外れて吹っ飛んだことに二人は驚いた。
 状況が把握しきれてはいなかったが、助三郎はとっさに主を庇いに入った。

「なんだ!? 押し込みか!?」

「助三郎!」

 障子を吹き飛ばし、破って部屋に突入してきたのはのは強盗ではなく、格之進だった。
助三郎は光圀をかばったまま、吹き飛ばされた障子を見てぼやいた。

「……なんでそんな怪力なんだ? ……元が早苗だなんてやっぱり信じられん」

「何ゴチャゴチャ言ってんだ!? 助三郎! 大変なんだ!」

「は? なにがだ!?」

 光圀は危険を感じ、部屋の隅に自分の湯呑と急須を運び、傍観を決め込んだ。
 一方、早苗は助三郎の胸ぐらをつかみ、激しく揺さぶった。
突発的に男に変身したらしく、今自分が男だと意識していない様子だった。
 そのせいで力加減が全くできていなかった。

 揺さぶられながら、助三郎は精一杯抗った。

「本名を大声で言うな! 揺さぶるな! 頭がおかしくなる! 力が強すぎる!」

 すると早苗は揺さぶるのを止めた。
そして大声で言った。

「助さん! 大変なんだ!」

 この期を逃すまいと、助三郎は眼の前の男を落ち着かせようと試みた。

「格さん! 落ちつけ、今お前男だぞ! 早苗じゃないぞ! わかってるか!?」

 そう言い終わるや否や、格之進は手を離した。
助三郎は背中を思いっきり畳にぶつける羽目になった。

「痛い! いきなり離すなよ……」

 一方の早苗はさっきまで胸ぐらをつかんでいたその手を眺め、呟いた。

「あ、ほんとだ…… 男だ。すまん!」

「俺より、部屋を見てみろ。お前、色々やらかしたぞ……」

 そう言われた早苗は周囲の惨事を目の当たりにして恥じた。
せっかくまとめた助三郎と光圀の荷物はバラバラになり、障子は破れてボロボロ。
 湯呑が一つ割れ、茶がこぼれて畳に染みを作っていた。
 
「しまった! 弁償に幾ら掛るかな?」

 そう言いながら早苗は自分の荷物から、算盤を取り出し、それを弾いて何かを算出し始めた。
そんな姿を眺めた助三郎は呟いた。

「……やっぱりわからん。中身が一緒なのにどうしてだ?」

 彼の後ろで光圀が言った。

「……助さん、いろいろ大変じゃな。だが、頑張るのだぞ」

「はぁ……」

 落ち着くと、早苗は男の姿のまま助三郎に事の次第を話し始めた。

「……クロが、喋ったんだ」

「まだ人間のままなのか?」

「いいや。犬に戻した。なのに、喋ったんだ」

「空耳だろ? 犬は喋れないぞ」

「だろ? 俺もそう思ったが、おかしいんだ。でもな、ちゃんと聞こえたんだクロの声が」

 二人でああでもないこうでもないと喋っていると、黒い犬がトコトコと部屋の中に入ってきた。
 そして二人の傍にお座りし、話し続ける二人を眺めていた。
 それに助三郎が気付いた。

「ん? クロか。戻ってるな」

「だろ?」

 再び二人は話し始めた。
しかし、それにクロは水を差した。

「ワンワン!」

 助三郎は適当にクロに返した。

「ふぅん。尻尾が見つかったってか? よかったな」

「ウワン!」

 少し不満げに吠えたクロに、助三郎はまたしても適当に返した。

「……あぁ、わかったから。その謎について今格さんと討議中だ。後でな」

 そんな二人の様子に早苗はニヤリとした。

「助さん。それが証拠だ。お前クロと喋ってた」

 助三郎もニヤリとして言った。

「……だな。格さん。俺、こいつの言うこと解ったぞ!」

「やったな!」

 嬉しさのあまり、男同士で男の抱擁を交わした。

「これなら俺達寂しくないな!」

「あぁ!」

 二人の周りをクロが走り回りながら吠えた。

「ワンワン!」

 次の瞬間二人は顔を真っ赤にさせ、勢いよく部屋の端と端に別れた。
互いに背を向けて、クロに向かって文句を言った。

「クロ。言っていいことと悪いことがある!」

「江戸で由紀に何か仕込まれたな? あいつの言うことは聞くんじゃない!」

 すると、クロは再び吠えた。

「ワン!」

 早苗と助三郎は声をそろえた。

「なに!?」

 早苗と助三郎にしかクロの言葉はわからなかった。
一風変わった二人と一匹の生活が再び始まった。

 
~完~
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