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「雪割草シリーズ」
凌霄花

 〈02〉 喪失

 ← 〈01〉 前兆 → 〈03〉 江戸の友
水戸に帰って二日後の夕方、早苗は台所に居た。
本来の女の姿で、助三郎の好きな煮物を作っていた。
 ほとんどの料理は下女たちがするが、最低一品は早苗か姑の美佳が作るのが日課だった。

「早く帰ってこないかな?」

 早苗はウキウキしていた。
その晩は、水戸へ帰って来てから初めて『夫婦』として過ごせる夜だった。
 朝から上機嫌の彼女を見て、義母の美佳が言った。

「助三郎にたっぷり可愛がってもらいなさい。でも、その前に煮物を完成させないとね」  

「はい」

「味見はした?」 

「お願いできますか?」

「少し辛い。そうね、水をもう少し足せば…… あら。水が無いわ」

 台所の水甕の水は底をついていた。
下女が慌てて謝りに来た。

「申し訳ございません! 今から汲んでまいります!」

 しかし、早苗は彼女に優しく言った。

「重いから、わたしがやるわ。……手伝いに来てくれるか?」

 早苗は男に姿を変えると、水汲みに精を出した。



「よし。これでいっぱいだ。義母上、終わりました」

 下女の半分の時間で仕事を終えた早苗は、満足げに言った。
美佳は彼女の労を労った。

「ありがとう、格之進」

「やっぱり、力仕事はこっちに限ります」

 そこへ若い下女が、一家の主の帰宅を知らせにやってきた。

「若奥…… あ、格之進さま。旦那さまがお帰りです」

 この言葉に早苗は喜んだ。

「やっと帰ってきた!」

 そして女に戻ることを忘れ、袴で襷掛けの男の姿で助三郎を出迎えた。

「助三郎! お帰り!」

 満面の笑みで、そう声をかけると彼は少し驚いた様子だった。

「……格さん? 試合にでも勝ったのか?」

 そこではっと早苗は気付いた。

「あ。……お帰りなさいませ。助三郎さま」

 早苗は女に戻り、行儀正しく助三郎を出迎えた。
すると、彼も嬉しそうに呟いた。

「……やっぱり、そっちが良いな」



 その晩の夕餉の席は楽しく過ぎて行った。
しかし、助三郎の深刻な話題に早苗は驚いた。

「……どういうこと?」

「また、倒れたんだ……」

 それは、主光圀の話だった。
 
 その日、光圀は西山荘で仕事をしていた。
助三郎に『大日本史』編纂の詳細について説明を終えるや否や、蹲り立ち上がれなくなった。
 すぐさま医者を呼んだが、光圀はそのまま床についた。

 早苗は一部始終を聞いた後、不安そうに窺った。

「……やっぱり、病気?」

「……わからん。医者はなにも教えてくれなかった。しばらくは安静にして、周りもそっとしておけと言われた」

「……だったら、お見舞いはダメ?」

「……それはいいんじゃないか? 一度、行ったらどうだ?」

「じゃあ、明後日行ってみる」


 その晩は何事もなく、穏やかな夜が過ぎて行った。



 早苗はその日の朝、一通りすべき仕事を終えると、男に姿を変えた。
光圀を見舞いに行く予定だったが、『佐々木助三郎の妻、早苗』で行く以前に
『家来、渥美格之進』で見舞いに行かなければいけない。
 身支度を済ませた後、早苗はあることを思い立った。

 玄関を出ると、クロが走り寄って来た。
彼は元気に吠えた。

「ワンワン!」

「西山荘に櫻と行くんだ。お前も一緒に行くか?」

「ウワン!」

「……道案内? 確かに櫻には要るかもな。クロ兄ちゃんよろしく!」

「ワン!」

 早苗はクロと共に庭の隅にある馬屋へ向かった。
 そこでは白と黒の二頭の馬が仲良く飼葉を食べていた。
一頭は助三郎の馬、虎徹。もう一頭は早苗の馬。

「櫻、今日良いか?」

 首を撫でてやると、彼女は気持ち良さそうに嘶いた。

 助三郎から贈られたその白馬は雌馬。彼女は『櫻』という名前を貰った。
櫻は優しく、早苗のどちらの姿にも従順だった。

「久しぶりに乗せてくれ。 御老公に会いに西山荘までだ」

 留守が多い夫婦は馬を走らせる機会も多くは無かった。
 そこで、その日早苗は愛馬の運動不足解消と自身の鍛錬を兼ねて、乗馬を決めた。

 櫻に鞍を付け、いざ出発しようと跨った途端、さっきまで食事中だった虎徹がそわそわし始めた。
 早苗はその様子を笑った後、彼に言った。

「虎徹、心配しなくていい。すぐ戻ってくるから」
 
 しかし、黒馬は櫻の傍を離れようとしなかった。
 早苗はそれを見て、自分の白馬にこそっと耳打ちした。

「……虎徹殿は助三郎にそっくりだ。お前が居なくなるとそわそわしだす。心配症の兄ちゃんだな」

 その言葉を聞いた櫻は、虎徹に向かって小さく嘶いた。
すると虎徹は落ち着き、静かに再び飼葉を食べ始めた。
 何を伝えたのか早苗には皆目見当がつかなかったが、うらやましそうに呟いた。

「……お前たちとも話ができたらいいのにな」

 飼い犬のクロとは意思疎通ができるようになっていた。
それは彼が一度人間の男の子に変身したおかげだった。
 
「よし。櫻、ひとっ走り行こうか。クロは……走ってこい」

 早苗は馬を走らせ、クロを引き連れて西山荘に向かった。




「……誰じゃ?」

 西山荘の奥、障子が閉まった部屋の中から、光圀が聞いた。
早苗は低く、今の姿の名を名乗った。

「……渥美にございます」

「……構わん。入れ」

 早苗は主の部屋に入り、彼の容態をうかがった。

「……御老公、お加減は?」

 床に着き、お世辞にも元気だとは言えない姿に、早苗は一抹の不安を感じた。
しかし極力それを表に出さないように努めた。
 すると、弱弱しい言葉が返ってきた。

「……まずまずじゃ。それより、すまんの。仕事でもないのに格さんやらせて」

「いえ。私は御老公の家来でございます。見舞いに参上するのは当然」

「お前さんは本当に真面目じゃのう…… 助三郎ももう少し見習ってほしいのう……」

 すると、光圀は大きな溜息をつき、天井を眺めた。
しばらく静かな時が流れたが、彼はこう言った。

「……お前さんに、謝らねばならん」

 申し訳なさそうに言う主に、早苗は気まずくなった。

「……なにをでございますか?」

 恐る恐る尋ねると、彼から驚く質問が返ってきた。

「……仕事を、本当にやりたかったか?」

 突然のその言葉に早苗は言葉を失った。
黙っていると、光圀が続けた。

「……お前さんは有能じゃ、助三郎と組ませると倍以上の力になった。
……それ故、ちと側に置きすぎた。お前さんの気持ちも考えず、迷惑をかけた」

 その謝罪の言葉に早苗は反論した。

「私は、好きでこの仕事をやっております」

「……強がらずともよい」

「そのようなことは……」

 光圀は、早苗の話を聞かず、続けた。

「……とにかく、ワシが死んだら自分の意思で決めるのじゃ。仕事を続けるもよし。
止めるもよし。両立させるのもよし。わかったか?」

 突然出てきた弱気な言葉『死んだら』に、早苗は驚いた。
そして必死に訴えた。

「死ぬなどと、弱気なことをおっしゃらないでください!」

 光圀の顔は歪んでいた。
あまりに声が大きく、うるさかった様だ。

「お前さん、見舞いに来たはずじゃろ? そんなに怒鳴られては、余計におかしくなる……」

 はっとした早苗が頭を下げると光圀はぼそっと呟いた。

「……そうじゃ。早苗に戻ってくれんか? ……戻ってくれたら、良くなるかもしれん」

 『格之進』よりも『早苗』を求める主に早苗は笑った。
そしてその望み通り彼女は元の姿に戻り、主に微笑みかけた。

「……ご老公さま。どうですか?」

 すると、光圀はムクリと起き上がり、早苗の顔を眺めた。
そして笑み浮かべた。

「だいぶ良くなった。お前さんの顔を見たおかげじゃ。助三郎はズルイのう……毎朝眺めおって……」

「そのような御冗談を……」

 少し拗ね始めた主を笑ってから、早苗は優しく言った。

「早くお元気になってください。そして、また旅に参りましょう」

 しかし、光圀はいつものように乗り気ではなかった。
さっき浮かべた笑みは消え、再び深刻な顔になっていた。

「……いいや。もう、お前さんも助三郎も旅に出てはいかん。」

 意外な言葉に、早苗は驚き光圀を見つめた。

「……なぜですか?」

 すると彼は穏やかに言った。

「これからは夫婦らしく、ゆっくり国で過ごしなさい。それにな、もうワシも旅はせぬことにした」

「そんな……」

 再びの主の発言に動揺した早苗は、元気づけようと考えた。
しかし、その心配はなかった。

「なにしろ、もう行くところが無くなった。ハッハッハッハ」

「あ、そういえば……フフフ」

 その言葉通り、行っていない所は無くなっていた。
光圀はしみじみと呟いた。

「三年か…… 三年で回れるとは思わなんだな。最初はお前さん、助三郎と結婚してはおらなんだ」

「はい」

「本当の姿を隠して…… 大変じゃったなあれは?」

「はい」

「知らない助さんが素っ裸でお前さんが入っている風呂に押し掛けて……」

「ご老公さま! それは言わないでください!」


 二人は思い出話に花を咲かせた。
しばらく話した後、光圀は真面目な顔で言った。

「……助三郎を生涯支えてやってくれ」

「はい」

「……子も諦めたらいかん」

「え?」

 突然の言葉に、早苗は驚いた。
ついに主の口から『子』という言葉が出た。

「……お前さんはまだ十分すぎるほど若い。絶対に諦めるでない。親戚にも屈するでない」

 子どもが出来ない早苗は、不安が募っていた
しかし、その不安は誰にも言えない物になっていた。
 それ故、光圀の言葉は重く早苗に響いた。

「……助三郎とお前さんの血を受け継ぐ優秀な人材を水戸に残してくれ」

 期待の込められた言葉に、早苗は圧され苦しくなった。
しかし、返事はした。

「……はい」

 そんな彼女の様子を見て、光圀は付け足した。

「……気負ってはいかん。お前さんは真面目すぎてすぐに気負う。それで精神を病んだら元も子もない」

「……はい」

「気長に励め。……まぁ、子作りは楽しいじゃろ?」

 最後の最後、おかしな言葉に早苗は真っ赤になった。



 早苗が帰った部屋に、今度は年配の男が居た。
それは早苗と助三郎の上司でもある男、後藤だった。

「後藤…… 紙と筆をここへ……」

「はっ」

「あれに、言い残しておかねばならん。あの者の事を……」

 光圀は水戸藩藩主に文を書き始めた。




 冬の寒さが厳しくなってきたある日の夕方、早苗は帰宅した夫に光圀の様子をうかがった。

「どうだった?」

「お加減が良くなってきたそうだ。年内に床払いできるといいが……」

「よかった……」

 助三郎はあることを思い立った。

「明日二人で見舞いに行こうか?」

「うん」

「……あ、でもまた『仕事しろ!』って怒られそうだ。俺は格さんが居ないと怒られてばっかだ……」

 それはある意味正しかった。
『格之進』が出仕をしていれば助三郎は仕事に集中する。
 同年の同僚が居ることで張り合いが出て、やる気がでる。
 もっとも、格之進が怖いというのもあったが……

「助三郎さま、ちゃんと仕事してるじゃない」

 すると突然助三郎は早苗の手を取った。
珍しく、はっきりと早苗に己の気持ちを伝え始めた。

「……それはお前のおかげだ。お前が居るから俺は頑張れる」

 ドキッとした早苗は、彼に聞いた。

「……それって、どっち? わたしか弟か」

「両方だ。どっちも俺の大事な人だ……」

 助三郎の顔が早苗に近づいていた。
 早苗は眼を瞑り、夫を待った。
 
 しかし、丁度その時人が走ってくる音が聞こえた。
ハッとした二人は眼を開け、耳を澄ませた。
 足音は二人の居る部屋の前で止まった。
足音の主である下男は息を切らし、畳にひれ伏した。

「旦那様! 火急の知らせにございます!」

「……どうした?」

「ただいま、後藤様から使いが参りました」

 助三郎は胸騒ぎを覚えた。

「……何かあったのか?」

 おそるおそる彼が窺うと、下男は項垂れた。
そして弱弱しく、告げた。

「……御老公が、お亡くなりに」




 夫婦はしばらく放心状態だった。
だが、早苗がポツリとつぶやいた。

「……どうして? ……良くなってきたんじゃないの?」

「……確かに、そう聞いた。……どうしてだ?」

 二人で『どうして?』としばらく言い合った後、早苗が立ちあがった。

「……確認しましょ。ここでああだこうだいってもしかたないわ」

「そうだな。その通りだ。今すぐ行こう」

 早苗は格之進に姿を変え、助三郎と共に西山荘へと向かった。
途中、千之助を呼び出した。
 
「助三郎兄上に格之進兄上、お二人ともどうなされたのですか?」
 
 彼は婿に入り、水野の姓を名乗っていたが、元は助三郎の妹、千鶴だった。
婿入りの際、光圀から受けた恩は少なくなかった。
 それ故、西山荘への御供に加えることにした。

「……御老公が亡くなったと知らせが入った」
 
 助三郎が手短にそう告げると、千之助は驚いて声を上げた。

「え!? 本当ですか!?」

 彼を、早苗が制した。

「静かに! まだ確認が取れていない。これから行って確かめる。いいか?」

「はい」



 知らせが来て数刻後、三人は光圀の前に居た。
……すでに彼はこの世の者ではなかった。

 眠っているような主を目の前に、彼らは言葉を無くしていた。
そんな彼らを前に、後藤が静かに口を開いた。

「……お前たちには早々に知らせた方がいいと思ってな。藩には明日公にする」

 少し立ち直った早苗は一言聞いた。

「……御最後は?」

「……眠るように逝かれた。お前たちを案じながらな」

「そうですか……あの、最後の別れをお許し頂けませんか?」

「許す。それぞれ気の済むまですればよい……」


 早苗は女に戻り光圀に誓った。

「ご老公さま。必ず水戸藩の力になります。見守ってください……」


 数日後、光圀の葬儀が終わった。
西山荘には主はおらず、早苗と助三郎だけがぽつんと立っていた。
 がらんとした部屋を見渡した二人は溜息をついた。

「……帰るか」

「……あぁ」

 互いに何も話さず、ただとぼとぼと歩いた。

 二人で冷えた夕食を食べ、早々に寝所に戻った。
しかし、助三郎は早苗が気がかりだった。
 姿が男のままだったからだ。

「……大丈夫か?」

「……なんで?」

「……その、格さんだから」

「ちゃんと戻れるから心配するな。」


 二人は別々に布団に入ったが、寝付けなかった。
しばらくして、早苗はそっと反対側の夫に声をかけた。

「助さん。起きてるか?」

「あぁ。寝られん」

 すると、彼はむくりと起き上がり早苗に言った。

「酒でも、飲むか?」

「いい考えだ」

 二人で酒を酌み交わした。
しかし、強い早苗はもちろん、弱い助三郎でさえ酔えなかった。
 美味くもない酒杯を重ねた後、早苗は俯いた。
 
 以前から彼女は助三郎に『泣き顔を見たくない』と懇願されていた。
 しかし、その晩は別だった。

「なぁ、助さん」

「なんだ?」

「……泣いても、良いか?」

「一緒に泣こうか」

 そう言った途端、助三郎の胸に女に戻った早苗が飛び込んでいた。
彼女は涙を流し、泣いていた。
 そんな妻をしっかり抱きしめ、助三も涙を流した。
しかし、少し経つと、彼女に決意を告げた。

「早苗、泣くのは今晩だけにしよう」

「うん」

「いつまでも泣いてたら、御老公に叱られる」

「うん」


 こうして、水戸の佐々木家では静かな時が過ぎて行った。
二人の心も徐々に癒え、日常の生活が戻りつつあった。


 ……しかし、江戸では大きな事件が起ころうとしていた。
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