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「雪割草シリーズ」
凌霄花

 〈07〉 西国へ

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「助さん。なに鼻唄歌ってる?」

 その日、まだ日も昇らないうちから、二人は旅に出る支度の最終確認をしていた。
しかし、助三郎は昨晩から浮かれ気味だった。
 
「だって、初めての夫婦水入らずの二人旅だ。お前は嬉しくないのか?」

 その言葉には緊張感の欠片も無かった。
にやけて締まりの無い夫に呆れた彼女は『格之進』として彼に向きあった。

「俺はお前と夫婦じゃない」

「……え」

 酷く驚いた顔で、彼はその場に立ち尽くした。
早苗はそんなことお構いなしに、続けた。

「俺とお前は同僚だ。わかってるよな?」

 建前上、世間体はそうなっている。
ホッと安心した助三郎だったが、減らず口を叩いた。

「クソ真面目が……」

「なんだと? 不真面目野郎が」

 男同士の妙な夫婦喧嘩が勃発する寸前に、元気よくクロが飛び込んできた。
彼は二人の間でピョンピョンと跳ねて二人を和ませた。
 
「クロ。お前も一緒に行くよな?」

 早苗が優しく彼を撫でると、クロは元気よく吠えた。

「ワン!」

「よし、良い仔だ。行くぞ佐々木」

 冷たく言い放つと、佐々木は怒った。

「佐々木って言うな! 渥美!」

「おぉ! 俺の名字ちゃんと覚えてたんだな。誉めてやろう」

 口喧嘩しながら、二人と一匹は朝靄の中江戸の藩邸を後にした。




 日が昇る頃、二人と一匹は海の上だった。
 行く先は西国、播州の赤穂。先を急ぐ旅なので、徒歩で東海道を……という手段は即却下。
一番早く、体力が温存できる手段、海路を選択した。
 その船旅、男と犬にはそこそこ快適だったが、女の早苗は不満が山積。
 船内は男のみ。まともな間仕切りも無いので着替えもままならない。
 更に、彼女の好きな風呂が無い。
 『仕事だから文句は無し』『今は男』
 そう頭で自分を説得したが、三日目で我慢が出来なくなった。 
そこで彼女は助三郎を見張りに立て、身体を拭くことにした。

 支度をしながら、彼に釘を刺した。

「しっかり見張っててくれよ」

 そんな彼女の隣で、助三郎はクロとじゃれあいながら言った。

「はいはい…… でもさぁ、明日の午後には陸に着くんだから別に良いだろ?」

 男はそういう考え。しかし、女は違う。

「汗くさいのはイヤなんだ!」

 早苗は水を張るための盥を音を立てて置いた。
大きなその音に驚いた助三郎は、ボソッと言った。

「俺は気にならないけどなぁ、ちょっとぐらい……」

 それは、自分のことを述べてまでだった。
激しい鍛錬をして汗をかいた時、彼は大抵井戸端で手拭いで拭いて済ます。
 早苗は必ず風呂に入ったが…… 

 その早苗は、自分の事を言っていると思い込んだ。
夫に『汗くさい』と思われたと感じた彼女は勢いよく水を盥に張った。
 そこに移ったのは、半泣きの男の顔だった。

 あまりに多い水の量に、助三郎は振り向いた。
クロも興味津々で早苗を見ていた。

「お前、まさか髪も洗う気じゃないだろうな?」

 夫をキッと睨み、彼女は答えた。

「洗わないよ。出る前日に洗った。黙ってあっち向いて見張りしてくれ」

 怖い妻に、助三郎は首を竦めた。
そしてクロの眼をそっと手で覆い、彼に言った。

「クロ。格さんの裸は誰も見たらいけないんだ」

「クゥン?」

「恥ずかしいんだってさ」

 そう言った助三郎の頭にコツンとなにかが当たった。

「いてっ」

 それは笄だった。
彼女は男の姿の時、乱れた髪を整える際それを使っていた。
 
「危ないだろ! こんなもん刺さったら死ぬぞ!」

 そう言った途端、助三郎はゾッとした。
早苗は、簪を飛ばせる…… お銀直伝の技だった。
 その気になれば笄も凶器に変わる…… 

「とにかく黙ってろ!」



 

 早苗が『身体を拭く』と宣言してからかなりの時が経った。
あまりに長すぎる行水に、助三郎のしびれがきれた。
 一緒に遊んでいたクロはいつしか隣で夢の中。
 呑気な犬と一緒に彼も寝たいと思ったが、見張りの重役が終わっていない。

「格さん…… まだ終わらんのか?」

「……まだ」

 高く澄んだ声が返って来たことに、彼は驚いた。
それは紛れも無く『早苗』の声。

「……おい、女に戻ってるのか?」

「……だって、格之進の身体見るのイヤだもん」
 
 女の声に交じる盥の水の音。
その音は、彼の想像力を刺激した。
 男が鍛錬の後にその精悍な肉体の汗を拭きとるより、女がその柔らかな白い肌を清める方が絵になる。
 妻の妖艶な姿を妄想し始めたが、すぐに頭を切り替え窘めた。

「……男だらけで危ないだろうが!」

 しかし、背後からは穏やかな優しい声が返って来た。

「なんで? 助三郎さまが見張ってるから大丈夫よ」

 彼は振り向いて妻の姿を拝みたくなったが、ぐっとこらえた。
彼女を怒らせて騒ぎを起こしては、自分たちの身が危ない。

「……だったら早くしろ。俺は眠いんだ」

「寝たらダメよ! もうちょっとだから頑張って」

 二人でそう掛けあっていると、人影が。
その者は、船内を見回っていたが、聞きなれぬ音に訝しげな表情で歩みを速めた。
 そして、助三郎を呼んだ。

「兄ちゃん、ちょっとこっち来な」
 
 厳つく、よく日に焼け、いかにも海の男といった風体の彼はその船の頭だった。
 呼ばれた助三郎は寝ぼけ眼のクロに早苗の護衛を頼み、彼に従った。

「なんでしょう?」

 そう窺うと、頭は低く重く言葉を発した。

「……聞こえたよな?」

「……なにがです?」

「……女の声だよ」

 助三郎はギクリとした。
早苗の声が聞かれていた。
 妻を守るため、彼は白を切った。
 
「さぁ? 気付きませんでしたが……」

 すると、頭は厳しい顔で助三郎に迫った。

「兄ちゃん。もし姿を見たら教えてくれ。俺は女を乗せない主義なんでな」

 その言葉に、彼は不安を感じた。

「……もし見つけたら、海に突き落としたりするんですか?」

「そんなことはしない。次の港で船から降ろすだけだ。兄ちゃん、俺はそこまで野蛮じゃないぞ。ハハハハハ!」

 ニッと豪快に笑った彼に合わせ助三郎も笑った。

「そうですか…… ハハッ……」


 無事、逃れたと思ったその時クロが大きな欠伸をした。
そして、それに気付いた早苗は彼に声を掛けた。
 
「あれ? クロ、助三郎さまはどこ?」

「キャン!」

「なに? どうかしたの? 何が危ないの?」


 当然、早苗の声とクロの驚いたような鳴き声は船の頭の耳に届いた。
彼の笑っていた顔は厳めしいものへと変化し、脚は早苗の居る場所へと向いた。

「……やっぱり居るぞ!」

 妻の危機を感じた助三郎は突っ走り、先回りをして妻に危機を知らせた。

「格さん! 変われ!」

 一か八か早苗に向かって飛び掛かった。



「居たか!?」

 頭は助三郎の飛びかかった相手を見て、厳めしい顔を緩めた。

「……なんだ兄ちゃんの連れか。……やっぱり幽霊でも間違って連れてきたのかもしれんな」
 
 なぜかそう一人合点した頭は、傍でおろおろするクロの頭をグシャグシャッと撫でた。

「ワン公。幽霊見たら絶対に吠えるんじゃねぇぞ。地獄に連れて行かれちまうからな」

「キャン!」

 クロは怖がってどこかに逃げてしまった。



 

 飛びかかった助三郎の身体の下には、格之進がいた。
しかし、かなり気まずい物が有った。

 行水の為、諸肌脱ぎになっていた早苗は突然『変われ』と言われたので慌てて格之進に変わった。
しかし、脱いだ着物を着こむ間が無く、片肌脱ぎの状態で夫に飛び掛かられていた。

 一方、飛び掛かった助三郎はどうすべきか皆目見当がつかず、黙って妻の眼を見詰めていた。 
男の身体を見られる事を極端に嫌がる妻の事。必死に眼だけを見て、身体は見ていない事を主張した。

 しかし、彼の口は墓穴を掘った。

「……もうちょい日焼けした方が、男らしくてかっこいいんじゃないか?」

 

 次の瞬間、船内に頬を張る盛大な音が響き渡った。




 夜中。助三郎は船室ではなく、外で海を眺めていた。

「痛いなぁ……」

 格之進の『手』で、格之進の『馬鹿力』で張られたせいで赤く腫れていた。
怒り心頭の妻から離れ、痛む顔を海風で冷やそうとのことだったが、あまり効果は無かった。


 少しすると、人の気配が。
それは早苗だった。

「助さん……」

 背後に彼女は座った。

「格さん、また怒りに来たのか?」

 助三郎は痛む顔に耐え、笑い顔を作った。
その彼が振り向いて眼に入ったのは泣きそうな男の顔だった。

「……泣くなよ。お前は何も悪くない」

 早苗はそっと腫れた夫の頬に触れ、謝った。

「……ひっぱたいて、悪かった。こんなゴツくてデカイ手で、痛かったろ?」

「……気にするな」


 暗い雰囲気が二人の間に漂ったが、助三郎は持ち前の明るさで冗談を言った。

「早苗の柔らかい手で触ってくれたら、直ぐに治るんだがなぁ」

 その言葉で早苗はやっと笑った。
珍しく怒らない彼女に、ホッとした彼も笑った。
 しかし顔が痛んだのですぐに止めた。


 落ち着いた様子の早苗は背後からある物を引っ張り出した。

「詫びにこれ持ってきたんだが、やっぱり姉貴に甘えるほうが良いか?」

 早苗は酒を持っていた。
いつもなら悩む助三郎だったが、制約がある今答えは一つ。

「……早苗って言いたいが、今は危ない。今夜は酒だ」

「わかった」

 二人は男同士で酒を酌み交わすことに決めた。





 よく晴れた海の上に、綺麗な月が掛かっていた。
穏やかな波の音しか聞こえない中、二人はその穏やかな景色を肴に酒を飲んだ。

「海って本当に広いな……」

「だよな…… 池や湖とは大違いだ。今は穏やかだが、荒れたら怖い。人間なんかひとたまりも無い」

 その言葉に、早苗はふと思った。

「助さんは、泳げるよな?」

「まぁな。お前は?」
 
「……泳げない」

 女は泳ぐ鍛錬などしない。当たり前のことだった。
助三郎はそのことに気付いたが、酒の席では二人は男。
 なにも聞かず、さわやかに言った。

「まぁ、万が一溺れたら助けてやるから、心配するな」

 優しい言葉と表情に早苗はホッとした。
 
「ありがとう。でも、その前に危ないところには近付かないでおく」

「それが賢明だな」


 二人で笑い合った後、助三郎は真剣な面持ちで早苗に酒を注いだ。

「……今回の仕事、長くなるかもしれないが、よろしく頼む。格之進殿」

 早苗も、彼に倣った。

「こちらこそよろしく。助三郎殿」


 グイッと二人で杯を干し、これからの仕事に思いを馳せた。

 
「さて。朝まで飲むぞ!」

 そう言った助三郎を早苗はいつものように止めた。

「ダメだ。ほどほどが一番」

 そう言いながら、船上の酒宴は朝方まで続いた。




 次の日、日暮前に二人が乗った船は赤穂に着いた。
潮の香りが漂う港を歩く二人の眼に城が見えた。

「あれが赤穂城だな」

 助三郎が足を止めた。

「天守が無いな。規模はでかいのに」

 天守が有ればかなり見ごたえのある代物になったであろう建築物を前に、早苗は不思議に思った。
すると、助三郎が彼女に言った。

「天守作る前に金が無くなったらしいぞ」

「へぇ。そう言うことか」

「お前ならちゃんと予算やりくりできそうだよな?」

「いや。金の額が違う。難しいと思う」

 そんな話をしている二人に、女が声を掛けた。

「お二人さん、お船の旅は楽しかった?」
 
 それはお銀だった。

「え? なんで居るんだ?」

 助三郎は驚いた。
一方、早苗は把握済みだった。

「早かったな。いつ着いた?」

「昨日の朝。弥七さんはもっと前。やっぱり敵わないわあの人には」

「弥七も居るのか?」

 助三郎は二重に驚いていた。
その姿に、お銀は訝しげな顔をした。
 
「ねぇ、助さん。貴方なにも格さんから聞いて無いの?」

 その言葉に、助三郎はジロリと同僚を睨めつけた。

「……格さん、どういうことだ?」

 いつしか仕事の顔になっている夫に、早苗は詫びた。

「すまん。ついうっかり……」

 業務連絡が滞っていたことに、早苗は反省した。

「まぁいいわ。住む家は確保できたし、最初の早駕籠の到着からの動向はすべて把握済み」

 お銀がそう報告すると、二人はまたも彼女たち忍びの仕事の良さに感心した。

「すごいな。さすがお銀」

 ほめられた彼女は、鼻高々にはならなかった。
その代わり、少し疲れた顔で言った。

「二人とも、この仕事は覚悟した方が良いわ。長丁場になりそうだから……」

「そうなのか?」

 少し不安げに窺うとお銀は間近に見える城を見やり、溜息をついた。

「御城代がね、『昼行燈』で有名だから……」

 助三郎はその言葉に引っかかりを感じた。

「大石内蔵助殿。色々と功績を聞いた事あるが…… 本当に『昼行燈』なのか?」

 お銀は彼の言葉に驚いたようだったが、見解を変えることは無かった。

「わたしはそう思う。弥七さんは違うって言うけど…… 一度二人で一度見てくると良いわ」

 二人は彼女の言葉に従うことにした。
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