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「雪割草シリーズ」
凌霄花

 〈10〉 白鷺城

 ← 〈09〉 昼行燈 → 〈11〉 怨念
「早苗」

 助三郎は黒い犬を少し重そうに抱っこしながら歩く妻に、そっと声を掛けた。
 すると可愛らしい黒い眼が四つ、彼に向けられた。

「なに?」

「……なんでもない」

 彼はニヤケた締まりのない顔を伏せた。

「あ、なんでもない訳ないんじゃないの?」

 彼女は夫のふやけた顔を見て笑った。

「ワン!」

 クロも主をからかうように吠えた。
 助三郎は正直に言った。

「……ずっと『格さん』だったからさ、呼んでみたくなったんだ」

 そんな夫に、にっこり微笑んだ。

「じゃあ、助三郎さま」

「なんだ?」

「呼んだだけ」

 しかし、助三郎の顔はパッと明るくなった。
本当にうれしそうな彼に、彼女は伺った。

「わたしと一緒で、嬉しい?」

 彼は即答した。

「嬉しい。初めての二人っきりだから余計……」

 突然、早苗の腕の中でクロが吠えた。

「ワンワン!」

 彼は主に文句を言っていたのだった。
助三郎はクシャクシャっと愛犬の頭を撫でて、彼の機嫌を直そうとした。

「……怒るなよ。お前も家族だ」

「ワン!」

 嬉しそうに吠える犬に、彼は続けた。

「だがな、早苗が重いってさ。お前もう仔犬じゃないから歩けるだろ?」

 クロは少し反省したように地面へ飛び降りた。
 彼もまた、早苗に甘えたかったのだった。

「……ウワン」

 少し残念そうに唸ると、彼は二人の行く遥か先へ走って行った。

「クロ。あんまり遠くへ行っちゃダメよ!」





 助三郎は朝からずっと妻に見入っていた。
旅装の妻に新鮮さを感じたからだった。
 いつも仕事の旅で隣に居たのは旅装の『格さん』
 金銭管理にうるさく、ちょっと主とふざけただけで日誌に書き小言を言う。
 しかし、今回は『遊山』縛られる物は何もない。
 助三郎はそっと早苗の手を取った。

「……で、俺たちはどこ行くんだ?」

 彼は何も考えていなかった。
 頭にはただ、早苗と会える、早苗と過ごせる、しかなかった。
 そんな夫の事など百も承知の早苗は、考えていた計画を提示した。

「姫路城、近くで見たいの」

 助三郎は二つ返事で快諾した。
久しぶりの妻にデレデレの彼は、どんな無理を言っても通じそうな勢いだった。

「わかった。姫路だな」

「うん」

 二人は進路を東へ取った。


 ……実をいうと、早苗の真の目的は城ではない。
 本当の事を言えば、助三郎が嫌がる。
 本当にしたいことを胸に秘めたまま、早苗は助三郎と目的の地へと向かった。





 城下に宿を取った次の日、城を近くで見るべく歩いていた。
 二人は諸国をめぐり様々な城を見てきた。
 しかし、姫路の城は格別。

 人気のない見晴らしのいい小高い丘につくと、おもむろに助三郎が呟いた。

「俺は、どの城よりもこの城が好きだ」

 隣の早苗も賛同した。

「わたしも。どんなお城よりも、綺麗で優しい感じがするから」

「優しいか……」

 妻らしい言葉に、助三郎は笑みを浮かべた。

「あれ? おかしい事言った?」

 彼はキョトンとする妻の顔と優雅な城を見比べ、こう言った。

「いいや。あの城は、早苗みたいだな……」

 言われた本人は驚いた。

「なにそれ?」

 助三郎は城を眺めながら彼の思うところを述べた。

「お前は優しい。だけど格さんは強い。二人で一人、強さと優しさ両方兼ね備えている。そういう事だ」

 真面目にクサイことを言う夫に照れた早苗は頬を赤らめた。

「もう!」

 助三郎はその紅い頬を愛おしげに撫でた。
甘い言葉が続くと思いきや……

「やっぱり、訂正だ。格さんよりお前の方が絶対強い!」

 ニヤリとそうのたまった夫に早苗は食ってかかった。

「なによそれ!?」

 助三郎は走って逃げだした。

「ほら、怖い!」

「待ちなさい!」

 この幸せいっぱいの夫婦を邪魔をする物は、なにも無かった。


 真剣に走る早苗とは対照的に、助三郎はゆっくりと走った。
格之進相手では死ぬ気で走らないと捕まるが、早苗では着物のせいもあってかかなり遅い。
 それを彼は知っていたし、なにより彼女に捕まりたかった。

「捕まえた!」

 飛びかかってきた早苗を助三郎はしっかりと受け止めると、二人は原っぱに倒れ込んだ。

「……不覚。捕まった」

 そういう顔は何とも嬉しそうだった。
身体の上の早苗を抱き寄せた。

「……俺は、幸せだ」

 妻の温もりを感じたい彼は、さらに強く抱きしめた。

「……早苗だ」


 しかし、少しすると早苗から打診が。

「……ねぇ、もう、いい?」

「……イヤか?」

 驚いた助三郎は、ぱっと妻の身体を離した。
しかし、彼の恐れていた答えは帰ってこなかった。

「ううん。助三郎さまの着物汚れちゃう……」

 二人は大人しく、風通しの良い木陰で行儀よく座ることにした。

 目の前の城を黙って見ていたが、何を思ったか、早苗がとんでもないことを言い出した。

「そういえば、あのお城、色々居るのよ」

 助三郎はイヤな物を感じ、顔をこわばらせた。
『居る』という言葉には何とも怪しい雰囲気が漂っていた。

「……怖い話は無しだぞ」

 しかし、彼女は話を止めなかった。

「前、九州の方まで言った時、ご隠居さまとあのお城に上がったでしょ?」

「……あ、あぁ」

 助三郎の眼が泳ぎ始めた。
猛烈にいやな予感がしていた。
 そんな夫を知ってか知らずか、早苗は笑顔で面白げに言った。

「その時ね、色んな気配してすっごく面白かったの!」

 助三郎が大っ嫌いな話のネタだった。
すぐさま話を大きく逸らし、それ以上の怖い話が妻の口から出てくる事を阻止しようと試みた。

「……そうだ! 腹減ったろ? 何か食いに行かないか?」

 そう言っておもむろに立ち上がり、一人町の方へと歩き始めた。

「何食おうか? 何か食べたいものあるか?」

 逃げるように先を歩く彼の背中を眺め、早苗は溜息をついた。

「……怖がりなんだから」

 その言葉に、言われた本人は振りむいた。

「怖いんじゃない。キライなんだ!」

 意地っ張りの屁理屈に早苗は暖めていた計画をそのまま決行することに決めた。

「……やっぱり、一人で行くしかないわね」




 なんだかんだいいながら、二人は町の中心に戻り腹ごしらえをした。
 助三郎の怖がりはどうしようもないので、早苗は彼が好きそうな話題を持ちだした。

「宮本武蔵も、姫路城に関係有るわよね?」

「あぁ。本多忠刻に仕えてたからな」

 大日本史を編纂する生業の彼だけある。
歴史は大好き。
 
「武蔵ってどんな人だったんだろ?」

 その中身ではなく、容姿に思いを馳せていると、夫はあることに気付いた。

「良い男だったっていう小次郎贔屓が女には多いよな。お前もそうか?」

「ううん。あの人名前だけだもん」

「……名前だけ?」

 佐々木小次郎はその名字が想う男と一緒なだけ。
真剣に剣の道を突き進んでいった男らしい武蔵の姿勢に、その想う男の姿が重なり、早苗は惹かれた。
  
「……なんでもない」

 少し恥ずかしくなって、誤魔化した。

「ふうん。でもさ、宮本武蔵は憧れる。文武両道、芸術も嗜む。凄い人だ」

 いかにも彼らしい言葉だった。

「そうなりたい?」

「あぁ。剣の腕をあげて、もっと仕事を真面目にやって……」

 早苗は向上心が強い夫に、感心した。
少年のように眼を輝かせて己の夢を語る彼を見た彼女の心は、全身全霊で応援したいという気持ちでいっぱいになっていた。
  




 宿へと帰る道すがら、助三郎はやたらきょろきょろする妻が気に掛かった。

「……どうした?」

「ううん。なんでもない」

「……そうか?」

「早く宿に帰りましょ!」

 早苗はギュッと夫の腕に抱きつき、宿まで離れなかった。

 ……そのせいか、宿での夕餉はクロが眼を前足で隠すほどのイチャイチャぶりだった。


 しかし、どうしてかこの少し変わった夫婦の間の甘い雰囲気は、長い間続かない。
早苗はベッタリくっついていた夫に、風呂に入ることをしきりに勧めた。
 それを、妻からのお誘いだと思った助三郎は意気揚々と汗を流しに風呂へと消えた。
 クロも他の部屋で寝てしまい、部屋には誰もいなくなった。
 そして、早苗は計画を実行に移した。

「ごめんね、助三郎さま。……俺一人で行ってくるからさ」

 早苗は男に姿を変え、暗闇へと消えた。





 目的の地に着くや否や、早苗は背後に殺気立った気配を感じた。
それが何ものなのか探ろうとした矢先、声が掛けられた。

「……格さん」

 その聞き覚えのある声、呼び方に振り向くと、それは助三郎だった。
 風呂上がりらしい浴衣姿の彼の顔は怒っていた。

「……あ、風呂上がったのか?」

 助三郎は何も言わなかった。
口がへの字に曲がったまま。

「……湯冷め、するぞ。風邪ひくと大変だろ?」

 ようやく彼は口を開いた。

「……なんでこんな夜に出歩く?」

「ちょっと用事が……」

 早苗は夫の眼を見ずそう言った。
しかし、あまりにも怖い彼の眼に、声がよく出なかった。

「なんの用事だ?」

 表情が穏やかにならない彼からの質問に、早苗は思いついたことを口にした。

「……お、男にはいろいろあるだろ?」

 誰かさんが良く使った言い訳。
胸を張ってそれを真似て言ってはみたが、それを使ったことのある本物の男は容易く見破った。

「格さん、それはお前には絶対使えない良い訳だ」

「……なんで?」

「だってお前、女買えない、博打は金が勿体無いから出来ない、酒は一人で飲まない。だろ?」

 すべて正解。
 ウソがばれた早苗は打つ手が無くなり、溜息をついた。

 すると、助三郎は無茶な妻を叱った。

「抜け出すなら、俺みたいにもうちょっと上手い言い訳を考えろ」

「……わかった。ん? お前、反省してなかったんだな?」

 夫の言葉を逆手にとって逃げようと彼女は試みた。
しかし、上手くいかず。

「……そんなことより。抜け出した本当の理由は?」

 二人の攻防戦が始まった。
 

「ちょっと見たい物が有ったんだ……」

「だったらなんで昼に来ない?」

「……昼じゃ、無理そうだから」

「そんな物があるのか?」

「ある」

「なんだ? それは」

「言うと、お前が可哀想だからやめとく……」

「はぁ?」


 早苗はいつになく厳しい夫に、ご機嫌伺いを立てた。

「……怒ってる、よな?」

「当たり前だ。意味が全くわからん理由で抜け出したんだから」

 助三郎は大きな溜息をついた。

「……仕方ない、一杯飲みに行こう」

 その誘いに早苗は渋った。

「でも……」

「なんだ? 何がしたい? はっきり言え」

 助三郎はとうとういらだちを見せ始めた。
怖い夫を見たくない早苗は、本当の目的を言うことにした。

「……一枚、二枚って知ってるか?」

 そう言ったったん、助三郎の顔には焦りの表情が浮かんだ。

「……し、知らん!」

「……ほら、怖がる。だから黙ってたのに」

「キライなだけだ!」

 本当の怖がりな旦那を笑い、早苗はちょっと彼をいじめた。

「あ、あそこになんか居る!」

「イヤだ!」

 助三郎は早苗にヒシと抱き付いた。
 夫に抱き締められるのは大歓迎な早苗だったが、しがみつかれるのは好きではなかった。
夫のみっともない格好を見たくなかったのだ。

「……なんだよ。しがみつくなよ」

 イヤそうな顔をすると、助三郎も嫌味を言った。

「やっぱり、柔らかい早苗が良い……」

 その彼にすかさず反撃した。

「俺だって、ゴツイお前より美帆にキャーってくっつかれたい」

「美帆なんかいない!」

「……義兄上、早く私のところにあれを戻してくださいよ」

 『格之進』の可愛い『妻』
彼女が助三郎に戻ってから一度も顔を見ていない。
 本人は二度となりたくないと拒み続けた。
しかし、早苗の中の『格之進』が彼女を忘れることはできなかった。
 早苗が助三郎を思うのと同じ強さで、『格之進』は『美帆』を想っていた。
いつか、いつかと、『格之進』は機会をうかがっていた。

「うるさい! こういう時だけ義弟面するな!」

 二人はおバカな口喧嘩を始めた。

 

 この二人を女が見ていた。

「……何をなさっているのです?」

「口喧嘩ですので、お構い無く」

 しばらく二人を無表情で眺めていた女はある事に気付いた。

「……夫婦喧嘩ができてうらやましい。……でも、じきにできなくなる」

 妙な言葉に早苗はドキッとした。
女は憐れむ様子で早苗を眺めた。
 そして、その女は行燈も持たず、暗闇へと消えた。

 すでに喧嘩はどこへやら。
早苗の興味は、消えた女に移っていた。

「……助さん。あの人、お菊さんかな?」

 眼を輝かせる妻に助三郎は焦った。

「……なら、今すぐ帰るぞ!」

「……なんで?」

「わからないか!? あれがお菊さんなら、殺された幽霊だ! たかが皿一枚で殺された恨みが有る女だぞ!」

 わめく怖がりな夫を笑い、冗談半分に言った。

「……そんなに心配ならついて来てくれ」

 助三郎から返って来たのは意外な言葉。

「……わかった。ついて行く」

 これに早苗は驚いた。

「……大丈夫なのか? 怖くないのか?」

 助三郎は少し顔を赤らめ、ぼそっと言った。

「……お前を失う方がずっと怖い」

 早苗はドキッとした。
 恥ずかしさと嬉しさに頬が熱くなった。

「……ありがとう、助三郎」

 たまらず、助三郎に抱きついた。
昼間にいちゃいちゃしすぎて、男を演じようという気持ちがすっかり失せていた。
 ギュッと抱き締め夫に囁いた。

「……大好きだ」

 しかし、男の『親友』に怪力で締め上げられ、低い声で甘い言葉を囁かれても、助三郎はあまり喜べなかった。
 何より、苦しい。

「……く、苦しい。……死ぬ」

 夫の蚊の泣くような悲鳴に早苗は気付き、身体を離した。

「あ、すまん!」

「久しぶりに死ぬかと思った……」

 息を整える夫に、早苗は喝を入れた。

「まだ死んだらダメだ!」

 助三郎はすぐに立ち直った。

「わかってるよ。早苗と一緒に寝るまでは死ねんからな!」

 二人は『お菊』を追うために、暗闇へと足を踏み出した。
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