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「雪割草シリーズ」
凌霄花

 〈10〉 決心

 ← 〈09〉 夢幻の…… →【三章】 身を尽くしても……
「お帰りなさいませ」

 お夏が早苗を迎えてくれた。

「ごめん。ずっと留守にして……」

「それより、もうお身体は大丈夫ですか?」

「あぁ。明日から仕事に行く」

「ではまた明日から、お弁当作りますね」

 するとそこへ黒い塊がすっ飛んできた。

「クロ。元気だったか」

 彼は純粋に主の帰宅を喜び、尻尾を振っていた。
 
『帰って来た! 格さん帰って来た!』

「あぁ。帰って来た」

 しかし、彼は悲しそうな眼で早苗を見上げた。

『助さん、全然帰ってこない…… なんで?』

 助三郎はもう帰ってこない。

 しかし、クロの一番は早苗と同じく助三郎。
彼を悲しませたくない。彼とまだ別れたくない。
 そう思った彼女は、事実を隠蔽した。

「……助三郎はな、忙しいんだ。そのうち、落ち着いたら帰って来る」

 やさしく彼の頭を撫でながらそう言った。

『ほんと? そしたら、クロといっぱい遊んでくれるかな?』

「あぁ。遊んでもらえるさ……」

 黒犬は無邪気に吠えた。
 
『やった! じゃあ、今日は格さんと遊ぶ! 良いでしょ? ね?』

「わかった。先行っててくれ」

 早苗はほんの少し癒された
しかし、大きな溜息をついた。
 彼に近いうち、本当の事を言わなければならない。
 その時は、彼との別れの時。それを思い、ただ溜息をついた。
 
 お夏は主の様子をしっかり見ていた。

「格之進さま、大丈夫ですか?」
  
「へ? あ、あぁ。大丈夫。ちょっと疲れただけだ」

「ご無理はなさらず……」

「あぁ……」


 彼女は仕事に復帰した。
余計な事を考えないよう、仕事に没頭した。
 そして、同僚と飲みに行った。朝まで飲んだ……
 それ故、本来の女の姿に戻ることが無かった。
 
 そんな生活が続いたある晩、日誌をつけている彼女の所へお夏がやって来た。

「お茶をお持ちしました」

 盆の上の湯呑は二つ。
常ならぬ何かに、早苗は気付いた。

「……俺に話?」

「……はい」

 お夏は、主の顔をじっと見つめた。
早苗は筆を置き、下女と向き合った。

「……なんだ?」

 お夏はすぐには答えなかった。
すこし躊躇う様子を見せたが、言った。

「早苗さまに、お戻りにはならないのですか?」

 その途端、お夏は主の顔が強張ったのに気付いた。
 それ以上問い詰めはせず、ただ湯呑を勧めた。
 それは少し温くなっていた。
 黙って啜った後、早苗は湯呑の底を見ながら言った。

「戻れない訳じゃない。好きでこの姿なんだ……」

 お夏は何となく感づいた。なぜ主が男のままなのか。
 しかし口には出さなかった。 

「……お茶、淹れなおしますね」





 温かいお茶を啜った早苗は、湯呑を置くと大きな溜息をついた。
そして、本当の事を打ち明けた。
 
「……あいつ、もう二度と戻ってこないんだ」

「えっ」

「新しい嫁さん貰ったらしいんだ」

 お夏の顔が青ざめた事に早苗は気付いたが、そのまま続けた。

「だから、俺とあいつは、ただの同僚ってわけだ。は、はは、はははは……」

 苦しい乾いた笑い声が部屋に響いた。
お夏はそれを打ち消すように、早苗に厳しい眼差しを向けた。

「早苗さま。差し出がましいようですが、御無理はなさらずと申し上げた筈です」

 早苗はそんな下女から眼を背けた。

「無理なんかしてない……」

「いいえ。無理なさってます!」

 お夏が声を荒げると早苗も怒鳴り返した。
 
「じゃあ、どうしろってんだ!?」

 お夏は驚き、何も言わなかった。
早苗はとうとう溜まっていたモノをぶちまけた。

「あいつだけじゃない。そのうち、クロまで手放さないといけなくなる! そうなったら、そうなったら、今度こそ俺は一人だ…… どうすれば……」

 男の姿のまま泣きだした。
 ずっと女に戻らなかったのは、助三郎を忘れる為。泣かないようにするためだった。
 しかし、男の姿でも限界が来ていた。

「まだ助三郎を想い切れないんだ…… 夢に出てくる。逢いたくなる。どうすればいい? どうすれば忘れられる?」

「早苗さま……」

 お夏は早苗に寄り添った。
そして涙を流し続ける主の手をそっと握った。
 
「忘れるなどと…… あのお優しい旦那さまです。勝手に離縁など、あり得ません」

「でも、でもな……」

 すすりあげながら、早苗はお夏に見た事すべてを語った。
すると、彼女は優しく主を勇気づけた。

「それはきっとお仕事だったんです。なにか、調べたいことがあったんです」

「……そんなことって、あるか?」

「はい」

 
 夜が更けた。
ずっと泣いていても仕方がない。
 
「そろそろお休みになったほうが」

「そうだな。ごめん、付き合わせて……」

「いえ。では、これにて失礼……」

 お夏は部屋から立ち去ろうとした途端、その手首をがしっと掴まれていた。

「やっぱり、待ってくれ、一緒に寝てくれ」

「えっ!?」

 あっという間にお夏の顔が真っ赤になった。
主が女だということは百も承知だが、さすがに男の姿で『寝てくれ』と言われたら……
 早苗もそれに気付き慌てて弁明した。

「あ、違う! そういう意味じゃない!」

「そ、そ、そういう、意味とは!?」

 ひどくうろたえる下女を前に、早苗は女に戻った。

「……一緒の部屋で寝てくれる? もう一人寝はイヤなの」

 お夏はやっと女に戻った主を見て安堵した。

「では、お布団持って参ります」
 




 次の日の昼過ぎ、早苗は町人姿で本所を歩いていた。
修理ももう終わり、そろそろ引っ越しを始める吉良の屋敷を見がてら、弥七と情報交換。
 
「最近こっちはどうなってる?」

「こちらの堀部殿が仇討ちを急んで、単騎突入も辞さないってんで、大石様が数人寄越して説得を」

「安兵衛さんらしいな。で、その成果は?」

「フッ。木乃伊取りが木乃伊になっちまいやしたよ」
 
 京の内蔵助は『待った』と宥め、江戸の安兵衛たち急進派は『すぐに仇討を』と迫る。 
遠く離れていれば、意思も通じない。
 元赤穂藩の仇討ちを誓った者たちの結束が揺らぎ始めていた。
  
「そういや、助さんなんですがね……」

 突然の話に、早苗の胸は詰まり、耳をふさぎたくなった。
しかし、ぐっとこらえ冷静を保った。

「……なんだ?」

「お銀から報せが。京で合流したそうで」

 早苗は大いに驚いた。

「京? あいつ今京に居るのか?」

 そんな彼女の様子に、弥七が驚いた。

「大石様に少し動きが有るようで、あっしにこちらを任せて…… まさか、御存じないんで?」

「何の連絡も来てない ……仕事は別だろ、あのバカ野郎!」

 『夫婦』と『同僚』は別。
そう今まで何度も彼に言い聞かせていた。
 仕事中は『男』として扱えと。
 自分でもそれは、努力していた。
仕事中、彼は『夫』ではなく『同僚』であると。
 しかし、彼は仕事の連絡を彼女に寄越さなかった。
 間違いなく、『女』として見ている。

「……俺の中身が、早苗だからだよな」

 昔の女と連絡など取りたくないのは当たり前。
その女が、まだ自分に未練タラタラであれば接触などしたくない。
 そうに違いないと早苗は思った。

「格さん、助さんと……」

 丁度その時、早苗の視線の先を見知った顔が通った。
 それは命の恩人、大工の平兵衛だった。

「弥七、急用だ。じゃ、今日はこれで!」

 これ幸いと早苗は弥七の前から走り去った。
しかし彼は彼女の異変に気付いていた。

「……なんか隠してるな、ありゃ」

 



 早苗は棟梁に駆け寄った。
どうやら吉良邸からの帰りらしい。大工道具を持っていた。

「棟梁! 平兵衛の棟梁!」

 そう声を掛けると、彼はすぐに振り向いた。

「あ、これは早苗さ…… じゃなかった格さん」

 にこやかな彼に、早苗は頭を下げた。

「その節はお世話になりました。おかげでこの通りです」

「よかったよかった。しかし、町人風体でも男前は男前だ、羨ましいねぇ……」

 早苗は固まった。
『男前』言われたくない言葉だった。

「あ、しまった。『美しい』の方が良かったな。男も女も両方使える。とにかく、早苗さん、負けずに頑張りなよ」

 平兵衛は早苗を応援していた。
彼の優しい言葉に、励まされた。

「……ありがとうございます」

「……何かあったら、家にいらっしゃい。お艶も待ってるんでね」

「はい。でも、その時はちゃんと女で窺いますね」

「そうだった。お艶が格さんに惚れたら困る! ハハハハ!」

 早苗もそれは承知だった。
愛する男が去っても、女の子に走ることは出来ない。
 
「では、お艶ちゃんにもよろしくお伝えください。失礼します」

「へぃ。では、また」

 別れた二人だったが、平兵衛は遠ざかっていく早苗の姿を振りかえり、怒りに燃えていた。

「旦那め……」





 その日の夕方、仕事を終えて帰宅した早苗は、役宅にただならぬ気配を感じた。
 門前に大八車。中ではクロがけたたましく吠え、お夏も声を荒げている。
 しばらく様子をうかがっていると、お夏が飛び出して来た。

「あ、格之進さま。お帰りなさいませ」

「あぁ。それより、何かあったの?」

「はい。いきなり二人連れが押し入って来て、旦那さまの物を持ち出してるのです」

 早苗は物取りだと判断した。
お夏から紐を借りて襷がけ、何があっても良いよう太刀の鯉口を切った。

「危ないからここで待ってろ」

 早苗は役宅の中へ入った。
そこには見知らぬ男。 
 彼は助三郎の着物を風呂敷に包んでいた。

「おい! 何をやっている!」

 男は驚いて腰を抜かしたが、早苗の質問には答えなかった。
代わりに声を上げた。

「奥様! 奥様!」

 すると、奥から女が出てきた。

「騒がしいわねぇ。……あら? 渥美さま。お邪魔しております」

 早苗はその場で立ち尽くした。
 その女は彼女がこの世で一番嫌いな女。
 助三郎と一緒に歩いていた女。
 早苗の天敵。

 弥生だった。

「……この役宅に何用ですか?」

 感情を押し殺してそう聞くと、弥生は悪びれもせず答えた。

「旦那さまの荷物を引き取りに来ただけです。お構いなく」

「……荷物? なに故ですか?」 

「この役宅は引き払い、我が屋敷に引っ越しするものですから」

 早苗の嫌いな笑みを浮かべると、彼女は再び奥へ引っ込んだ。
 茫然として、早苗はいったん庭に出た。
そこには、お夏とクロがいた。
 真っ先に飛んできたクロは悲しそうに泣いた。

『あのいじわるおばちゃん、クロを蹴飛ばしたの』

「えっ。大丈夫か?」
 
 生類憐みの令があるにもかかわらず御犬様のクロを蹴った。
とんでもない女だと、改めて早苗は怒りを覚えた。
 しかし、クロは自慢げに報告した。
 
『うん。だから仕返しに、草履ボロボロにした』

 早苗も胸がすく思いだったので、クロを思いっきり撫でて褒めた。

「褒美に後で遊んでやるから、外で遊んで来るんだ。いいね?」

『わかった。新助のとこ行ってお孝さんにおやつもらってくる!』

 クロが居なくなると、早苗はお夏と向き合った。

「……如何でした?」

「物取りじゃないから大丈夫。だが、厄介だ……」

 早苗とお夏は彼らの動向を見極めようと、庭で待つことにした。


 薄暗くなった頃、どうやら用を済ませたらしい弥生が出てきた。
そのまま帰ると思いきや、彼女は早苗を呼び寄せた。

「少しお時間よろしいですか?」





 居間で早苗は弥生と向き合って座った。
二人は何も言葉を発しなかった。
 しかし、どこかで烏が一声鳴いた時、弥生はなぜか笑い始めた。
 なぜか、早苗は嫌な予感がした。
 それは的中した。

「……隠しても無駄よ。早苗」

 正体を言い当てられ、驚きのあまり否定するのを忘れてしまった。

「……どこでそれを?」

「さぁ? どこだったかしら。忘れたわ、そんなこと」

 そう言うと茶を啜り、早苗の嫌いな笑みを浮かべた。
ジロジロ舐めるように見た後、勝ち誇ったような顔で言った。

「どこからどう見ても見事に男ねぇ。可哀想に……」

 早苗は彼女を睨みつけた。

「……お前に可哀想だなんて思われたくない」

 弥生は、笑顔で嫌味を言った。

「赤ちゃん産めなかったのにね。ご愁傷様でした」

「うるさい!」

 怒りだした早苗を軽蔑するかのように鼻で笑った後、弥生は嫌味を続けた。

「いくらでも言ってあげる。助三郎さまも嫌がってたのよ。夜布団に入ると、男のその身体を思い出して、萎えるって。気持ち悪くて抱けたもんじゃないって」

 早苗は腸が煮え繰り返る思いだったが、それもそうかもしれないと思ってしまった。
彼が己を滅多に抱かなかった理由が、そこにあるのだと。
 己が、半分男であるからだと。 

「あ、良い事教えてあげる」

 早苗はそんなもの聞きたくないと彼女を睨みつけた。
しかし、彼女は気付かないふりで勝手に話し始めた。
 お腹に手を当てて。
 
「わたしのここにね、赤ちゃんいるの」

 早苗の背筋が凍った。

「助三郎さまの赤ちゃんがね」

 早苗は声が出なかった。
 
「あなたが産みたくても産めなかったあの人の赤ちゃん、わたしが産むの。応援してね」

 そんなことできるわけがなかった。
 大好きだった夫を取られ、子を産む権利まで取られた。
 早苗にはもう何も残っていなかった。
 だが、必死に耐えた。

「なに? その顔。おめでとうの一言も言えないの?」

 早苗は女の心を押し殺し、手をついて頭を下げた。
格之進として、助三郎の同僚として。

「おめでとう、ございます……」

「ありがと。あ、そうそう、もちろん分かってるわよね? あなたはもうあの人と夫婦関係は一切無いってこと」

 悔しかったが、悲しかったが、辛かったが、早苗は耐えた。
そして声を絞り出した。

「わかっています。同僚以外の関係は何も、ありません……」

 弥生はそれを聞くと満足げに言った。

「そう。それを聞いて安心したわ。大好きなお仕事、正体がバレない限り頑張ってね。じゃ、さよなら、負け犬さん」


 早苗は憎い弥生が消えるまで耐えた。
 噛み締めた唇は血の味がしていた。





 次の日、早苗は弥七を呼び出した。

「……連れていって欲しいところがあるんだ」

 少しの後、早苗はある屋敷の屋根裏に居た。
そこは南部坂(*1)の屋敷。剃髪して瑤泉院(*2)と名を改めた阿久里の住いであった。
 彼女は夫の菩提を弔う日々を過ごしていた。
 早苗がここに来た理由は二つあった。
一つは密命の遂行、もうひとつは、遺された妻の心情を知ること。
 早苗の眼には、一人で静かに手を合わせる瑤泉院の姿が映っていた。

「もうじき秋です。一昨年は、共に紅葉を愛でましたね……」

 寂しげな笑顔で亡き夫に語りかけていた。

「桜も、紅葉も、雪も、もっともっと共に愛でとうございました……」

 つと、涙が瑤泉院の頬をつたった。

「殿……」

 早苗はその姿に涙した。
そして、己の望み。助三郎に女として会いたい、側に居たいという望みは贅沢だと思い知った。
 相手が生きていさえすれば、逢える。側にいられる。それがどんな形であろうと。
 心なしか、身体が軽くなったように感じていた。

 しばらくすると、瑤泉院の部屋に侍女がやってきた。

「瑤泉院さま、文にございます」

 瑤泉院はそっと涙を拭うと、文を受け取った。
それを一通り読んだ彼女の顔が晴れた。
 そして亡き夫に語りかけた。

「殿、お喜びくださいませ。内蔵助から文が参りました。近々、殿にご挨拶に参るそうで……」

 早苗は頭を切り替え、情報を逐一聞き取り書きとめた。
大事な情報だった。
 
 瑤泉院はその後、控えている戸田局(*3)と話し始めた。

「戸田……」

「はい」

「時折、思うのです。わたくしが、あの時吉良さまを拒んでいなければ、殿は今生きてらっしゃったのではないかと……」

 瑤泉院は横恋慕した吉良をきっぱり断った。
 愛する人に、自分の愛を示すため。
しかし、吉良はそれを理由に夫を苛め、追い詰めた。
 結果、瑤泉院は愛する人を失った。
 そう思い詰める彼女は日々鬱々と過ごしていた。

 戸田局は主の取った行為を正当化した。

「いいえ、瑤泉院さまは正しい道を取られたのです。悪いは、すべて吉良さまにございます」

「ほんに、そうであろうか?」

「はい。いつか必ず、殿の御無念晴らす日が参ります……」

 瑤泉院は手の内にある書状に目を落とした。
少し晴れた表情で、彼女は頼みの男の名を呟いた。

「内蔵助……」

 
 その後、早苗は迎えに来た弥七と共に邸の屋根裏から外に出た。
弥七は、情報を入手できたことに満足げだった。

「格さん、これから忙しくなりますぜ。大石様が江戸に来るってことは、助さんもきっと……」

 早苗は彼の話を聞いていなかった。
 助三郎が帰ってくる前に、己の始末をつけようと心を決めていた。
 これからの仕事をしっかり遂行するためにも。

「弥七、しばらく本業が忙しくなるんだが、こっちの仕事完全に任せてもいいか?」

「へぃ。お任せを…… あ、格さん」

「なんだ?」

 弥七は気に掛っていたことをとうとう口にした。

「……本当に、大丈夫ですかい? もし早苗さんになんかあったら、助さんに殺されちまう」

 弥七も、助三郎のことを知らない。
そう早苗は合点した。

「心配するな。次会うときは、もっと元気になってるから」

 弥七は、無理に笑顔をつくっている彼女のその言葉を信じたかったが、無性にイヤな予感がした。
しかし、それ以上何も聞かずその場から消えた。

 一人になった早苗は大きく深呼吸した。
もう溜息は出なかった。

「よし! 思い立ったが吉日。準備だ準備!」

 早苗はもう泣かなかった。振り向きもしなかった。
スッキリとした顔で、歩き出した。
 



 数日後の夜遅く、早苗はお夏を呼び出した。
 
「……俺の味方だよな?」

 にっこり笑って、そう言った。





 その年初めての木枯らしが吹いた朝、門前に旅装の男が立っていた。
 彼は懐から小さな包みを取り出した。
その中から出てきたものは、玉簪。
 玉に白い花が散らしてある上品な一品。
 彼はそれを手に微笑んだ。
それを受け取る人の優しい笑顔を思い浮かべて……
 彼は玄関の引戸を開け、家の中に入った。
 




「どこだ? 早苗……」

 助三郎はもぬけの殻の役宅の中で、愕然と立ち尽くした。
早苗への贈り物の簪が入った包が、彼の手をすり抜けて畳に落ちた。





二章 松帆の浦…


************************************************
(*1)南部坂《なんぶざか》
現在の東京都港区赤坂6丁目と六本木2丁目の間

(*2)瑤泉院《ようぜいいん・ようぜんいん》
浅野内匠頭の正室、阿久里の仏門に帰依した際の名。
最初は寿昌院だったが、五代将軍綱吉生母の桂昌院と名前が被るためこの名前に。

(*3)戸田局《とだのつぼね》
瑤泉院に仕える女性。後々あの名シーンに登場予定!?
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