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 ←月も朧に あらすじ →〈02〉 藤屋へ
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月も朧に

〈01〉 御曹司

 ←月も朧に あらすじ →〈02〉 藤屋へ
「来たで!」

 大きく広がる江戸の町を前に、彼は大きく伸びをした。

「江戸や!」

 しかし、男の怒声が邪魔をした。

「兄ちゃん、退きな! 轢かれるぞ!」

 驚いて道の隅に急いで寄った。

「あぁ、びっくりした」

 そんな彼に向かって、傍に居た若い男が冷めた口調で言った。
 
「若旦さん、目新しいからって、きょろきょろしすぎでっせ」

 『若旦さん』と呼ばれた若者はうんざりしたように言った。

「兄さん、その呼び方はなしやって言ってるやろ?」

「すんません。佐吉ぼっちゃん」

「それもあかんて……」

「佐吉さん」

 ニッと笑った彼に、ニッと笑い返すと、二人は歩みを進めた。

「さ、行こう!」

 佐吉と呼ばれた男は十八歳。
上方の歌舞伎の御曹司。
 その彼につき従うのは、彼より三つ年上の三太。
 佐吉の父の弟子だった。

 物珍しさに、きょろきょろしながら歩く佐吉。
彼の後を脇目も振らずついて歩く三太。

 町娘がなぜか二人見てクスクスと笑った。

「江戸の娘は別嬪やな……」

 そう佐吉が漏らすと、後ろから茶々が入った。

「あかん、佐吉さん。よそ見せんとまっすぐ歩き。……確かに別嬪やな」

「兄さんだって見てるやないか!」

「佐吉さんと私ではわけが違います」

「はいはい……」
 
 反省した様子を見せながらも、佐吉は彼女たちに流し眼を使った。
そしてキャッキャと響く黄色い声に満足した。





 尚も江戸の町を歩く二人。
佐吉は目当ての物を見つけると声を上げた。

「あった!」
 
 それは、江戸の芝居小屋。

 お上に興業を許されていることを示す櫓。
 役者の名が書かれた招き看板。
 その下を行き交う大勢の観客……

 その前で、佐吉は眼を輝かせていた。

「やっと着いたわ。あぁ、しんど」

 ほっと一息ついて荷物を下ろす三太に、佐吉は手を差し出した。

「兄さん、財布」

「あ、おやつ代ですか?」

 すっとぼける三太。
それにのる佐吉。

「団子二本に茶で一息つこか。ってわかるやろ、兄さん。木戸銭や」

 突っ込みを入れたところで、再び財布を求めた。

「金払って見るんですか? 明日袖で見ればええんとちゃいますか?」

「いいや。客として客席で見たい」

 彼が芸に熱心なことを百も承知の三太は、もう渋らなかった。

「わかりました」





「広いなぁ……」

 席に着いた二人はまだキョロキョロしていた。

「ほんまに…… さすが江戸の小屋ですねぇ」

「舞台も花道もでかい」

 二人で感心していると、隣の女が声をかけてきた。

「あんた、上方の人かい?」

「はい」

「そうかい。じゃ、お江戸土産に、永さま良く拝むんだよ」

 一方的に喋られた男二人は、少し戸惑った。

「は、はぁ…… 『永さま』?」

「永之助さまだよ。すこぶる男前なんだから。そういや、兄ちゃんもなかなかの男前だねぇ」

「ありがとうございます……」


 少しの後、幕が開いた。

「待ってました!」

「永さま!」

 小屋の中に、多くの黄色い声が響いた。
それは、『永さま』が女性に人気が高い役者だと言う証拠。

 佐吉は目の前に、彼を捉えた。 

 すらっとした体型。
 立役でも女形でもどちらでもいけそうなすっきりとした顔。
 
 そんな男の拵えは、紫色の病鉢巻に、乱れた髪。
 そして、女の小袖を手にしている。

『保名』であった。

「さて、お手前拝見……」

 佐吉は彼の『保名』を観客として楽しむのではなく。
同業者としてじっと観察することに決めた。

 恋人を失い、形見である小袖を手にして狂ったように舞踊る男。
 先ほど黄色い声を上げた女たちは、うっとりとした溜息を洩らすばかり。

 彼の一挙一動。手の先から足の先まで佐吉は凝視した。
 その耳に、大向うの掛け声が届いた。

 彼は、その内容にぎくりとした。

「藤屋!」





 佐吉が江戸にやってきた理由。
それは、婿入りするため。
 入る先は名門、山村家。
 屋号は藤屋。

 婿入りの話を父から聞いた。
 『藤屋』を冠する役者は今現在二人のみ。
一人は、父の親友で佐吉の義父になる筈の『山村藤五郎』
もう一人はその父である『山村藤翁』
 
 山村家には後継ぎの男子がおらず、居るのは今年十六になる娘のみ。
 ぜひ婿に来てくれと頼まれたのだった。
 
 しかし、目の前で踊る男は確かに「藤屋」と言われていた。

「……何もんや? 永之助」

 彼はさらに『山村永之助』の舞姿を凝視した。
 彼の正体を探るように……
 彼の技を盗むように……


 芝居が終わり幕が閉じた。
 客はみな帰り支度を始めていた。
しかし、佐吉は一人座ったまま。
 彼は先ほど見た舞を反芻し、考えに耽っていた。
 
 そんな彼に、ある老人が話しかけた。
 
「お若いの。熱心に見ておったな」

「あ、はい」

「あの優男が演る保名、どう思った?」

 その口調、眼差しからして老人はただものではないと直感した佐吉。
真面目に答えることにした。
 
「……舞の基本は出来てました。でも、上手く言えませんけど、心が見えませんでした」

「ほう心とな。どんな心かね?」

「保名の心です。死んだ女が恋しい。彼女に会いたいいう心って言うんですかね? それが見えませんでした」

 そういうと、老人は満足したように笑みを浮かべた。

「よく見ている。その通りだ」

 永之助をよく知っているようなその話し方。
この老人はいったい何者なのか。佐吉は気になった。
 しかし、問う間もなく老人は去った。

「……期待しているぞ、お若いの。また後で」

「え? はい……」

 そばでずっと黙っていた三太は荷物を手にし、佐吉を促した。

「佐吉さん、行きましょ。藤屋のお父さんに挨拶せんと」

「わかった」





 小屋から出た二人。
佐吉は徐に三太に向かって言った。

「……なぁ、兄さん」

「なんです?」

「……さっき、藤屋って言ってたの聞いたか?」

「聞きましたよ」

 淡々と返す三太。
佐吉はその場にしゃがみ込み、惨めな声を出した。

「……兄さん、俺、要るんかな? どないしよ?」

「なんです? 佐吉さん、自信なくしはったんですか?」

 相変わらず淡々としている三太。
佐吉は構わず惨めな声で言った。

「俺と同い年くらいの、藤屋の屋号の、あんな男前が居るんやで。俺なんか、婿に要るか?」

 三太は深い溜息を一つついた。
そして、しゃがみ込むと佐吉の肩をつかんだ。

「心配せんでもええって」

「なんで?」

「あんたも相当な男前や。先だっての千秋楽、何人女を泣かせたか覚えてないとは言わせませんで」

「まぁ、な……」

 佐吉はついこの前のことを思い出していた。
 二度と大阪の芝居小屋には立たないという意気込みで立った舞台。
餞にと、いつになく良い役を貰った。
 そのせいもあってか、彼を贔屓にしている若い娘が詰めかけた。
 そして、最後の幕が下りる時、彼女たちのすすり泣きが小屋に響いたのだった。

「心配せんでもええですよ、佐吉さん。さ、行きましょ」

 安心させるように微笑む三太。
少し心が軽くなった。

 しかし、やはり不安は完全に拭い切れていなかった。

「でも、兄さん。俺な、婿とか嫁とかそれ以前にな……」

「なんです?」

「……芝居がしたい」
 

 それは、彼の切なる願いだった。
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