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 ←これくしょん ぱーとつー → 〈07〉 強すぎる想い
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月も朧に

〈03〉 初の舞台

 ←これくしょん ぱーとつー → 〈07〉 強すぎる想い
 藤屋の一員になって数日間、佐吉はあちこち引っ張り回された。
そのあまりの忙しさに、彼は緊張して固まる暇さえなかったほど。

 ある日は、朝から同業の家々へ挨拶回り。
またある日は、贔屓にしてもらっている大店へお呼ばれ。
 それは大抵宴会付き。料理と酒を振舞われ、帰宅が遅くなった。

「……しんどい」

 酔ってフラフラになった佐吉。
彼を玄関先で出迎えるのは、毎回三太の役目だった。

「お疲れさんです。はい、水」

「おおきに……」

 これで何度目か。
酒に慣れてきたが、さすがにほぼ毎日はきつい。
 湯呑を空にすると、佐吉は三太の隣にいる永之助に気付いた。
 永之助はなぜかぷんぷん怒っている。

「どないした?」

「お父さん酷い。兄さん疲れてるのに毎日毎晩連れ回して!」

 佐吉は苦笑した。

「……新入りの他所者やから、挨拶周りは大事や。顔覚えて貰わんと」

「でも。忙しすぎです!」

この頃、佐吉の緊張は無くなり、藤屋の皆と普通に会話出来るようになっていた。
しかし……

「早く稽古一緒にしたいんです!」

 芝居に関する事がまったく出来ていなかった。

 やる気満々の永之助。
その横で、いまだ永之助の正体に一抹の不安を持つ三太は、訝しげな表情を浮かべていた。
 しかし、佐助は素直に喜んだ。

「そやな。やりたいな、稽古……」

「そうですよね!? お父さんに文句言ってきます! では、おやすみなさい」

 ぺこりと会釈をしたあとくるっと踵を返し、自分の部屋に戻っていった。
その姿が見えなくなるなり、三太は低い声で言った。

「永之助、何もんやろな、お父さんに直談判…… ただもんやないで」

「兄さん、怖いって」

 ニヤニヤしながらそう突っ込んだ佐吉だったが、三太の険しい表情に驚き、笑うのを止めた。

「……佐吉さん、あんたは婿養子ってことでこの藤屋に来たんやで」

「ま、それはそうやけど……」

「お父さん、誰にも佐吉さんの事『婿』って紹介してへんのやろ?」

 それは事実だった。
『藤屋の一門に』という紹介だけで、『婿に』ということは一言も藤五郎の口から出なかったのだ。

「そやけど、婿でなくても、ここに置いてくれたら……」

 そう言いかけた佐吉を、三太が厳しく制した。

「甘い」

「えっ……」

「あんたは芳野屋の御曹司や。ほんまなら、正当な跡取りや。だけど、女将さんのせいで……」

「兄さん、だから……」

「母親は自分の子どもがかわいい。父親もそうや。永之助は怪しい。お父さんと血の繋がった息子だったらどうするんです? もしそやったら、佐吉さんここに居ても、端役ばっか回されるのがおちや……」

「でも……」

「私は嫌や。家も腕もちゃんと揃ってる佐吉さんが、私ら外の人間と同じように端役しかもらえずに一生終えるの見るんは……」

 佐吉は何も言えなかった。 
 どんなに実力があっても、芝居が好きでも、外部の者は主役を張れない。
 下手でも、芝居が嫌いでも、家の者は主役を張れる。
 不公平な現実だった。

「とにかく。明日にでも、お父さんに聞きなはれ。永之助は何者なんか」

 佐吉は黙ったままだったが、三太は構わず続けた。

「それが無理なら、自分は婿に入れるんか、ちゃんと聞くんや。ええな?」

 いつになく怖く厳しい兄弟子に、佐吉はうんと頷く以外成す術も無かった。





 次の日の朝、佐吉は藤五郎に呼び出された。
三太の言葉が頭の隅に残り、落ちつかなかった。

 どうやって切りだそうか。
そればかり考えていたが、目の前の藤五郎に頭を下げられた途端、すべて吹っ飛んでしまった。

「毎日毎晩連れ回してすまなかった」

「い、いえ。顔を覚えてもらうのは、役者として大事な事です」

 真面目にそう言うと、藤五郎は満足そうな笑みを浮かべた。
しかし、すぐに肩をすぼめた。

「……永之助に怒られてしまったよ。早く一緒に稽古させろ!ってね」

 佐吉は兄弟子の心配が間違っていないとその時悟った。
 実質上の一家の主である藤五郎に文句を言える。
 やはり『永之助』はタダモノではないのだと……

 佐吉の考えとはよそに、藤五郎は笑顔で話を続けた。

「今日はゆっくり休んで。明日は稽古場に来なさい。現時点での実力を見せてもらうよ」

 それを聞いた瞬間、さっきまでの不安はどこへやら。

 芝居ができる。

 その嬉しさで彼の心は満たされていた。





「兄さん! 明日から稽古場入れるで!」

 そう声を上げながら、兄弟子たちの部屋に飛び込んだ佐吉。
兄弟子たちは、笑いながら佐吉を歓迎した。

「おう、やっと稽古か。楽しみにしてるぞ」

「上方の御曹司の実力、見せてもらおうかね」

 そして、三太。
昨晩の険しさは消え、素直に佐吉と共に喜んだ。

「芳野屋の実力、見せつけましょ」




 
 次の日、佐吉と三太は稽古場に入った。
多くの弟子たちが見守る中、二人は改めて挨拶した。
 そして、これからなにが起こるのか、なにを要求されるのかドキドキしながら待っていた。
 しかし、最初は藤翁と藤五郎からの質問攻めだった。

「佐吉、二枚目と三枚目、どちらが好きだね?」

「三枚目です」

「ほう。なんでかね?」

 実際、主役級の二枚目を佐吉がやる機会は無かった。
いつも脇ばかり。それは大抵三枚目。
 しかし、素直に『舞台に立てず、役をもらえず、機会がほとんどなかった』などと言えない。
 肯定的な返答を彼は用意していた。
 
「へたれやアホな三枚目の方が、奥が深いと思てます」

 実際、やってて楽しいと思っていたので、彼のその答えは間違っては居なかった。

「そうか。でも江戸に来たからには、三枚目以外の二枚目も敵役もなんでもやってもらうぞ」

「はい!」

 佐吉は飛び上がりたい気分だった。
今までやったことのない事が出来る。芸の幅を広げられる。
 うれしくて仕方がなかった。
 
 その日は結局、実質的な稽古はできなかった。
しかし、稽古場で皆が稽古する光景を実際に見ることができた佐吉は大満足だった。





 実際に稽古が出来るようになって数日たったある夜、佐吉は一人藤翁と藤五郎に呼び出された。

「大阪では窮屈な思いをしたようだね……」

「いえ……」

 佐吉は、二人から何を言われるのかと気を張った。

「ここ数日の佐吉の稽古する姿を、お父さんと一緒に見てたんだがね……」

 それは、自分の芸に対する評価だった。佐吉は身構えた。

「酷なこと言うようだが、お前さんは芳野屋の芸を持っていない……」

 その言葉がぐさりと佐吉の胸に突き刺さった。

 父から何も貰えなかった。
 何も学びとれなかった。
 
 それはよくわかっていた。
しかし、他人から言われて改めて痛感した。
 
 『お前は要らない』そう言われるのかと、怖くなったが、藤五郎の口調は穏やかだった。

「だがね、芳野屋以外の家を回って、いろいろ学びとってきたんだろう。学んだことを自分の物にできる者には教え甲斐がある。これからは藤屋の芸を一番に覚えてもらうよ」

 佐吉は、ほっと一息ついた反動で、思わず声に出してしまった。

「ここに、置いてくれはるんで!?」

 それまで黙って見ていた藤翁は笑った。

「当り前だよ。将来の婿殿でもあるからな」

 やっと『婿』という言葉が出た。
安堵し、脱力した佐吉に藤五郎が謝った。
 
「不安にさせたようで、すまなかったね。我々はお前さんを跡取りとして育てたい。
でも、もうしばらく公にするのは待って貰いたいんだよ。いいかい?」

 正直、佐吉は婿入りどうのこうのより、芝居ができるできないのほうがずっと大事だった。
何も深く考えず、返答した。

「わかりました。構いません」

「よし、じゃ。芸の事だけ考えよう。さっそく明日から本格的な稽古だ。来月舞台に立ってもらうからね」

「え! ほんまですか!?」

「あぁ。『倉岡吉治郎』が藤屋一門へ入ったお披露目だ」





 稽古漬けの日々が始まった。
どんなに厳しくても、きつくても、芝居が好きな佐吉には苦ではなかった。

 藤五郎は普段と仕事とでは別人だった。
稽古場で一切笑顔は見せない。
 厳しく指導し、めったに褒めない。
 手さえ出さないものの、稽古場には厳しい言葉が飛んでいた。

 『永之助に怒られてしまったよ』と首をすくめて居た男はどこへ行ったのか、
その日は永之助に怒鳴っていた。

「やる気が無いやつは要らん! 稽古場から出てけ! 邪魔だ!」

 そのあとすぐ、台詞を何度も間違える弟子に、冷たく言い放っていた。

「顔洗って、頭冷やしてこい。当分戻ってくるな」

 佐吉も例外ではなかった。

「ここはどこだ? 大阪じゃないぞ」
  
 その指摘は、大抵が言葉に対するものだった。
生粋の上方人間の佐吉は、どうしても方言が交じってしまう。
 苦戦する佐吉を見かね、永之助が先生になっていた。

「すまんな。永之助……」

「いいえ。お互い様です」

 稽古の合間を縫って、永之助は佐吉に江戸弁を教えていた。
お返しに佐吉は持ち前の観察力を活かし、永之助の芝居を観て何を感じ取ったかその都度教えていた。


「江戸弁、大分うまくなって来ましたね」

「そうかい?」

 キザってそう言うと、永之助から声が掛った。

「芳野屋! 男前!」

「ありがとよ」

「よくできました」

 二人で仲良く喋っているその姿を、三太は遠くから微妙な表情で眺めていた。




 忙しい毎日が過ぎ、とうとう佐吉が舞台に立つ日がやって来た。
お披露目といっても、佐吉は外から来た者な上に若年である。
 当然、脇役だった。
 しかし、台詞をしっかり貰えていた。

 一つ一つの言葉に心をこめ、その役になりきって台詞を言った。

 初めての土地での初めての舞台。
緊張はしたものの、その心地よさに佐吉は酔い痴れた。

 もちろん、良いことばかりではなかった。
 目の肥えた客から、厳しい野次も飛んだ。

「大根役者!」

「ぜいろく!」

 そんな貶しにもめげず、佐吉は一生懸命役を務めた。

 そして千秋楽。
 佐吉の最後の出番で、懐かしい屋号が響いた。

「芳野屋!」

 それは自分の屋号だった。

 佐吉の眼から、自然と涙がこぼれていた。

 実の父から、家の芸は学べなかった。
 好きな芸の道を断たれ、絶望した。
 しかし、優しい人たちに助けられ、どうにか舞台に戻ることができた。
 そして、その日自分を見てくれる客が居ることが実感できた。

 感謝の念でいっぱいになった佐吉は、深々と頭を下げ、袖に引っ込んだ。

 袖では三太が控えていた。

「お疲れさんです」

 彼は顔を伏せたまま、水の入った湯呑を差し出した。

「おおきに。兄さん、どないした?」

「よかった。ほんまに……」

 彼は泣いていた。

「兄さん、泣かんでもええやん」

「うれしくて……」

「兄さん、まだこれが始まりや。これからや。泣いてたらあかん」

 自分が泣いていたことは棚に上げ、佐吉は力強く言った。
それは兄弟子への励ましだけではなく、自分自身への活でもあった。

 

 

 無事に佐吉のお披露目としての公演が終わった。
二日の休みの後、全員集合と稽古場に集められた。
 その日は藤五郎ではなく、藤翁が中心になって話を始めた。

「まずは、皆にお疲れさまと言いたい。佐吉が一門に加わり、初めての興業が無事に終わった」

 兄弟子たちが、佐吉の労をねぎらった。

「お疲れさん」

「頑張ったな」

 永之助も笑顔だった。

「これからもよろしくお願いします。兄さん」

 場が和んだのを見計らい、藤翁は神妙な面持ちで口を開いた。

「今日は皆に、佐吉が一門に加わった本当の理由を発表する」

 しんと静まり返ったその場に、藤翁の声が響いた。

「佐吉には、将来婿入りしてもらい。ゆくゆくは、藤屋の跡を継いでもらう予定だ」

 途端、一同から声が次々湧き上がった。

「ついに現れたぞ、良い婿殿が!」

 素直によろこぶ者。

「ようやくお嬢さんに御似合いの男が現れた…… よかったなぁ……」

 涙ぐんで喜ぶ年配の者。

「頑張れ、佐吉」

 佐吉の肩を叩き喜ぶ者。
満場一致で佐吉の婿入りが大歓迎のうちに終わると思いきや……





 一人だけ異を唱える者がいた。

「婿など要りません!」

 永之助が立ち上がり叫んでいた。
藤翁の横で黙って控えていた藤五郎は明らかに動揺していた。

「お永! 佐吉の前で何を言うんだ!?」

「わたしは永之助です! 藤屋はわたしが継ぎます! 婿は要りません!」

 そう言い放ったとたん、兄弟子も慌ててなだめすかし始めた。

「永之助。落ち着きなさい」

「そうだ、今すぐ結婚ってわけじゃない」

 しかし、永之助は聞かなかった。

「要りません! 婿はイヤ! 結婚もイヤ!」

 突然火のついたように泣きだすと、稽古場を飛び出してしまった。
呆然とする一同の元に、血相を変えたお藤がやってきた。

「貴方! あの子に何したの!?」

 首をすくめる藤五郎。彼を庇うように、藤翁がお藤の前に進み出た。

「佐吉を婿にするって言っただけだ」

「いきなり言ったんですか!? あの子に何も打診しないで!?」

「私はあの子にも、この家にも良かれと思ってこの場で言ったんだ」

 揉め始めたお藤と藤翁。
居辛くなった佐吉は、そっとその場から抜け出した。

「失礼します……」





 自分の部屋の真っ暗な押入れの中で、布団を被って佐吉は悶々としていた。
 数日前の幸せな気分はどこへやら。
心の中には不安しかなかった。

 一体自分はどうなるのか。
 お役御免で大阪に帰っても、自分の居場所など無い。
 芝居ができないのであれば、いっそ……
 
 とんでもない方まで考えが行ってしまった。
 しかし、その時兄弟子の声で現実に引き戻された。

「……佐吉、居るか?」

「佐吉さん? どこですか?」

 藤屋で一番年配の兄弟子が、三太を引き連れ、心配そうな顔をして部屋の中で佐吉を探していた。

「は、はい! 居てます!」

 急いで押入れから出てきた佐吉を見て、兄弟子二人は安堵した表情を浮かべた。

 佐吉は三太と共に、藤翁の部屋に連れて行かれた。
そこには藤翁だけでなく、藤五郎とお藤の姿もあった。
 皆神妙な面持ちだった。

 二人が座るなり、皆頭を下げ佐吉に謝った。

「さっきの無礼を許してほしい」

「いえ……」

「お前さんを傷つけるつもりはなかったんだ。でも、信じてほしい。二人を追い出す気は毛頭ない。
約束する」

 ひたすら頭を下げる藤屋一門の頭に、佐吉と三太は困惑するばかり。

「は、はぁ……」

「だからこそ、今から大事な話をしたい」

「大事な話ですか?」

「この江戸の梨園の重大な秘密だ」

 佐吉と三太は息をのんだ。
どんな重大な秘密なのか。

 一言一句漏らさず聞こうと、身を乗り出した。





「永之助は、お前さんの嫁になる藤屋の一人娘、お永だ」
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