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月も朧に

〈04〉 永之助の正体

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「……どないします? 佐吉さんより男前なお嫁はんでっせ」

 重苦しい空気に負けた三太、思わずそう漏らした。

「しゃあない。こっちが女形で勝負や! 何にしよ? 揚巻か? 八ツ橋か? 雪姫か?」

「……そりゃムリや」

「え? 似合わへんか?」

「芳野屋の旦那はんでも、亡くなった大旦那はんでもやった事無い大役ばかりやないですか。ろくに女形やった事無い佐吉さんや無理やて」

「そや、芝居は無理や。拵えだけならどうやろ?」

「さぁ。佐吉さん男顔やし、似合わへんと思いますよ」

 二人のやり取りをポカンとした顔で見つめる藤屋の面々。
どこかで突っ込んでくれるのを待っていたが、無理そうだ。
 
「……兄さん、やめよ」

 佐吉は不毛な話を止め、姿勢を正した。

「そやな、やめよ。真面目にせなな……」
 
 三太は深呼吸をすると、真剣な眼差しで藤五郎に意見した。

「跡取り息子が居るなら居る。婿は取らんって、なんで最初に教えてくれしません? 
何のためにうちの佐吉がここへ来たのか……」

「だから、あれは私の『娘』なんだよ! 息子じゃないんだよ!」

 必死に言い訳する藤五郎。
しかし、信じられるわけがない。

「どこからどう見ても息子さんやないですか!?」

 困り果てている藤五郎を見かね、藤翁は落ち着き払っているお藤に声を掛けた。

「言っても分からんわなぁ。お藤、お前の出番だ。頼む……」

「解りました。佐吉、三太、わたしから話します」

 三太は彼女に頭を下げた。

「お母さん、ほんまのこと包み隠さず教えてください。佐吉も覚悟はできてます」

 切羽詰まった様子の若者二人を落ち着かせるように、お藤は優しい笑を湛え、話し始めた。

「二人が信じられないのは分かる。でも、この人の言ってることは本当。あの子は女の子なの」

 またもや理解不可能な返答に、二人は困惑した。
しかし、お藤は三太が再び口を開くのを制し、説明を続けた。
 
「百聞は一見にしかず。あの子が左手の小指につけてる物、見た?」

 二人とも記憶を浚った。しかし、思い当たる節は無し。

「そうね。目立たないし、気付かれない方がいいわ。これがそれと同じものなんだけど」

 お藤は懐から小さなきんちゃく袋を出し、その中から小さな銀の輪を取り出し手に乗せた。

「指金ですか?」

「そう。これを着けるとね、こうなるの」

 指にはめたとたん、お藤は居なくなった。
代わりにその場所に居たのは、永之助に面差しが似た色白の男。

「え」

「うそやろ」

 二人は驚くばかり。
色白の美男は声を上げて笑った。

「わたしの事を『兄さん』って呼んでもいいって言ったのはこういうこと。そういえば、来月はわたしも舞台に立つからよろしくね。山村藤右衛門です」

「よろしくお願いします」

 困惑しながらも挨拶を済ませると、藤右衛門ことお藤は男の姿のまま彼らに説明を続けた。

「うちは女系でね、初代からずっと婿養子。直系の娘が代々『藤右衛門』を名乗ってきたの」

 佐吉ははっとし、藤翁と藤五郎を見た。

「そんならおじい様も、お父さんも……」

「婿さ。藤屋は『藤五郎』が頭だと思われているが、本当は『藤右衛門』なんだ。同業者と一部のご贔屓さんしか知らない真実」

「跡取り娘は責任重大。婿とって、跡継ぎ産んで、育てる。家を守る。……その間は満足に舞台に立てない。正直『藤右衛門』は名前だけ」

 少し寂しそうに言うお藤。

「そのせいかもしれない。名ばかりの『藤右衛門』はいやだ。『藤五郎』は自分が継ぐって言って人前では女の子に戻らずずっと男の子のままなのは……」

 そう言った藤翁にお藤は反論した。

「はぁ? 原因はお父さんでしょう?」

「それは違うって何度言ったら……」

 口喧嘩をし始めた二人をはらはらして見るしかない佐吉と三太。
藤五郎は彼らに事の次第を説明した。

「お藤はね、お永が女の子に戻らなくなったのは鳴海屋の次男坊と見合いさせてからだっていうんだよ」

「鳴海屋さんの次男ですか? 挨拶に行った時……」

 佐吉は記憶を探った。
しかし、彼の脳裏に浮かんだのはな四十路を過ぎた懐の深そうな鳴海屋の頭と、真面目で温和そうな自分より年上の若者。

「あぁ、あの時会ったのは長男だ。あれは真面目で勉強熱心、将来有望。弟は……歳は佐吉の一つ下だったかな? 江戸から離れて謹慎中だ。だから顔知らなくて当然だよ」

「謹慎?」

 不可解な言葉がさらっと出てきたことに上方からやって来た二人は驚いた。

「よく解らないが、見合いの席のあとお永を連れて抜け出して、茶店で暴れたらしいんだ。怒った鳴海屋さんが一年間の謹慎処分を下した。あれは半年前のことか。あと半年したら帰ってくるはずだ」

 その口ぶりから、藤五郎が『鳴海屋の次男坊』に良い印象を抱いて無いのが見て取れた。
見合いに失敗したうえに、その見合い相手はもとから問題有。
 それ故、自分が呼ばれたのかと佐吉は感付いた。

「……佐吉。お父さんには言わないでくれよ」

 婿は舅に頭が上がらない。
親子喧嘩をしていて注意がこちらに向いていないのを良いことに、彼は己の心の内を明かしてくれた。

「お父さんは鳴海屋の次男坊を推していたんだ。でも娘の婿候補からはずれて、私は正直ホッとしてる。お父さんも認めてくれたし、私も息子にするならお前さんが絶対にいい。真面目だし、芝居好きだし、これから伸びる余地を十分すぎるほど持っている」

「ありがとうございます……」

「親バカって言われても良い。娘はお藤に似て器量はいい。婿になって欲しい」

 懇願する藤五郎に、佐吉はどう返事をすべきか解らなかった。
 
 今まで真剣に『結婚』など考えたことが無かった。
友と一緒に遊廓へ行ったり、先輩についていって芸妓遊びはした。
しかし、真剣になった女は居なかった。
 それ以前に、そんな事を考える余裕はなかった。
 自分の事で精一杯だった。
 
 事実、藤五郎に婿入りを懇願されて魅力に感じるのは自分の事。
自分の身が安泰になるということ。
 お永の事など、二の次の状態。

 永之助とお永が同一人物と言う事実をいまだ信じられなかったが、熱心に稽古する姿が脳裏に浮かんだ。
 稽古時間を割いてまで、自分の方言矯正に付き合ってくれた時を思い出した。
 
 自分が舞台に立つ為、永之助ことお永を踏み台にする。
 
 そんなことができるのだろうか。
 ここまで来たのは、多くの人の力によるもの。何一つ自分の力でやっては居ない。
 
 佐吉は返事を決めた。

「お父さん…… 本当の事言います」

「なんだい?」

「私は自分のことしか考えてません。お嬢さんより、自分の今後の方が大事なんです。そんなもんに婿入りされて利用されたら、お嬢さんが可哀想やと思います」

 兄弟子がつつくのも気にせず、佐吉は言い切った。

「お前さんの境遇は酷過ぎた。お永も知っている。だからこそ、うちに迎えて良いって言ったんだよ」

 佐吉は首を振った。

「しかし、それは兄弟弟子としてやないですか? お嬢さんの気持ちを考えてください。私はお嬢さんをよく知りません。お嬢さんだってそうです。もしかしたら、性格が合わんかもしれません。お嬢さんには好きな人がいるかもしません」

「でもね。好き嫌いは……」

 そう言い掛けた藤五郎をお藤が遮った。
どうやら親子喧嘩は一門の真の頭である娘の勝利で終わったようだった。

「兄さん。好き嫌いは大事だよ。ごめんね佐吉、うちの人がなんか婿入り押し付けちゃったみたいで」

「いいえ……」

「わたしは佐吉に賛成。まだ若いんだから、すぐに婿を決めなくて良い」

「だが……」

 まだ佐吉の婿入りを推し進めたい様子の藤五郎をお藤は諭した。

「兄さん、お父さんにも言ったんだけど、佐吉はまだ婿候補でいいじゃない? わたしも鳴海屋の次男坊はイヤだし、出来るなら佐吉が良い」

「やっぱりそうだよな?」

 嬉しそうな彼だったが、お藤は釘を刺した。

「でも、最終的に決めるのはあの子よ」

 不服げな表情を浮かべる彼に、お藤は不敵な笑みを浮かべてすり寄った。

「怖いお母さん説得して兄さんをお婿に選んだの、誰かな? 忘れたの?」

 藤五郎はぼそぼそと恥ずかしそうに言った。

「お藤お嬢さんです……」

「そう。忘れないでね。兄さん。……そういうことで、佐吉」

 お藤こと藤右衛門。一門の真の頭が結論を述べた。

「貴方は婿の第一候補にとどめ置きます。最終決断はお永自身が下します。いいですね?」

 佐吉は素直に従った。
続きがまだあった。

「万が一、婿に選ばれなかった場合でも、貴方がどこに出ても恥ずかしくないよう、責任を持って育てます」

 佐吉はこれをなにより嬉しく思った。
三太も弟弟子の将来が安泰という事で、ほっと胸をなでおろしていた。





 己の行き先が見えた事で心が軽くなった佐吉。
さっきから気になっていたことを口にした。

「兄さんは立役ですか? 女形ですか?」

「どっちもやるよ。でも女形の方が得意かな。婿定めにいろんな立役さん相手に女形やってきたんだけど、一番この人と相性が合ったの。ね? 兄さん」

「え? あぁ、まぁ……」

 お藤は聞かれもしないのに夫との慣れ染を藤右衛門姿のまま語り始めた。

「この人、板の上と下では全然違うでしょ? 男同士の仕事の時は凄く厳しいのに、女に戻って会うと真っ赤になっちゃってもじもじし始めて。それが可愛いくて」

 真剣に話を聞いている若者二人に、藤五郎は赤くなりながら怒った。

「真面目に聞かなくていい! 聞き流すんだ」

 そこへ藤翁も

「まぁ、惚れてくれたおかげで、今でも『桜姫』のあの濡れ場は語り草だよ」

「へぇ。見たいわぁ」

 佐吉は純粋に思ってそう漏らした。
すると、嬉々としてお藤は夫に縋った。

「見たいよね? 兄さん、そろそろまた通しで掛けよ? ね?」

「え? やりたいのか?」

「だって、お互い実践積み重ねてるんだから、絶対前より濡れ場……」

 藤五郎は慌ててお藤の口を手でふさいだ。

「昼間から変な話をするな」
 
 その手を退け、お藤は科を作って笑いかけた。

「恥ずかしがらなくてもいいのに」

「わかった! そのうちやる。だからこの場は…… おい、真面目に見てるんじゃない!」

 真面目な顔で凝視している若者二人に藤五郎はまたも怒った。
しかし、二人は至極真面目に答えた。

「観察も稽古のうちです。な? 佐吉さん」

「そうです。特に濡れ場は芝居も実戦も経験乏しいんで観察が要ります」

 お藤から首に手を回された藤五郎は、悲鳴に似た声を上げた。

「今は稽古じゃない! いいから観るな!」





 ようやく落ち着き、佐吉と三太は自室へと戻ることになった。
そこへ、永之助ことお永が現れた。泣き腫らした眼が痛々しい彼女は佐吉が口を開く前に頭を下げた。

「佐吉兄さん。ごめんなさい! わたし、兄さんが嫌いなわけじゃありません、ただ……」

 声を聞き姿を見た。
真の姿が女の子だとはいう事がやはり信じられなかった。
 目の前にいるのは、どこからどう見ても男。

「もう忘れ。婿だの結婚だのそういう面倒な話はもうなしや。今まで通りの関係で行こ。な?」

 佐吉も面倒な事はあまり考えたくなかった。
お永との結婚生活を想像するより、永之助との芝居を考える方が魅力的だった。

「はい……」

 まだ表情が暗い永之助。
明るくさせる為、佐吉は考えた。
 
「あのな、永之助。俺の江戸弁まだまだやて。お父さんに言われた。せやから、これからも江戸弁指南頼めるか?」

 永之助の顔がぱっと明るくなった。

「任せてください!」

 それは佐吉の好きな笑顔だった。
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