FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←祝 →本日復活
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



総もくじ 3kaku_s_L.png 雪割草シリーズ
もくじ  3kaku_s_L.png 月も朧に
もくじ  3kaku_s_L.png ひとこと
もくじ  3kaku_s_L.png いろいろ
もくじ  3kaku_s_L.png はじめに
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
         
←祝    →本日復活 本日復活
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

「雪割草シリーズ」
凌霄花

 〈08〉 命

 ←祝 →本日復活
 山寺から戻った早苗の決意を聞くと、お夏は泣いて止めた。
しかし、そんなことで早苗の気持は揺がない。
 
 早苗は心を鬼にして、主として下女に命令を下した。
共に水戸に帰り、嫁入りの支度をしてまたこの集落に戻り祝言を挙げるようにと。

 お夏は泣きながらも頭を下げた。
主の命には逆らえなかった。

 早苗はすぐさま帰郷の支度を始めた。
 お夏の嫁入りの日取りを決め、滞在中世話になった皆にお礼参りも済ませた。
 助三郎に最後の文を認め、送りつけた。 
 そして、ついに水戸へと向かった。


 集落を発って一日の後の夕方。
彼女は実家の門をくぐった。

「ただいま戻りました……」
 
 帰宅を告げた彼女を出迎えたのは、母のふくだった。

「早苗!?」
 
 うろたえる母。
しかし早苗は気にしなかった。
 母にさしたる用はない。

「父上はご在宅ですか?」

 母は答えなかった。
 その代わり、父の書斎のある方へ急ぎ足で消えた。
 それは父が在宅であるという何よりの証拠。
 早苗は彼女の後を追った。

「失礼します」
 
 書斎の襖を開けると、そこには父母が険しい顔で待ち構えていた。
彼らの前に座るなり、

「一体お前はいままで何をしていた!?」

 母が怒るのかと思いきや、怒声を上げたのは父の又兵衛だった。

「仕事ですが。何か?」
 
 さらっとそう言うと、父の怒りは増した。
目を吊り上げ、顔を赤くして捲し立てた。
  
「助三郎が血眼でお前を探しているんだぞ!? わからんのか!?」

「何のために?」

「妻が行方不明で平然としている夫があるか!?」

「あれの妻なら、江戸にちゃんと居るでしょう?」

 冷静極まりない娘のその言葉。
違和感を感じた又兵衛は怒鳴るのをやめた。 
 
「……ちょっと待て、お前、何か誤解していないか?」

 しかし早苗は聞かなかった。
 
「そんなことより父上、秘薬を調合してください。今回その為に水戸に戻って来たんです」

「秘薬? なんの秘薬だ?」

「ほら、大分前に言ってた、本当の男になれる上に女の時の記憶を消せる秘薬です」

 又兵衛とふくの顔がさっと青ざめた。
しかし、早苗は動じなかった。

「……なぜだ?」

「男になりたい以外に何の理由がありますか?」

 平然と言ってのけた。

「やはり何か誤解しているぞ。落ち着いてまずは話をしよう」

 父のその言葉を即座に退けた。

「無駄話は要りません。秘薬を」

「落ち着いてよく聞くんだ。助三郎はな……」

 聞きたくもない話。
苛立った早苗は声を荒げた。

「あの男はもう何の関係もありません!」

 彼を忘れたくてここまで来た。
苦痛からの解放が目前に迫ったこの瞬間、なぜ再び辛い記憶を掘り起こさなくてはならないのか。

「だから、お前は重大な誤解をしているんだ!」

「何も聞きたくない! 皆慰めしか言わない! もううんざりです!」

 思わず立ちあがった早苗。
負けじと、又兵衛も身を乗り出した。

「だから、話を聞け!」

「嫌です! あの男の話は何も聞きません!」

 互いに怒声を上げ、今にも掴み合うのではないかう緊迫感。
そこに割って入ったのはふくだった。

「早苗!」

 彼女は娘に縋りつき、説得した。

「早苗、落ち着きなさい。父上の話を聞きなさい」

 男の力で、母を投げ飛ばすことなどできない。

「……申しわけありません、母上。取り乱しました」

 深呼吸をし、心を落ちつかせ母を座らせた。

「では、もう男になりたいなんて言いませんね?」

 しかし、母の期待を娘は裏切った。

「母上。お許しください。この世に『早苗』は不必要なのです。必要なのは『渥美格之進』です」

 ふくの表情が瞬時に変わった。

「何を言ってるの!?」

「申し訳ありません!」

 話を聞かない娘。
困り果てた親は天を仰いだ。

 一体どうすれば、娘のひどい誤解を解くことができるのか。
力づくでやろうにも、目の前の娘は若い男の姿。
 又兵衛一人で勝てる自信はなかった。
 深く溜息をついた後、

「とにかく、風呂に入って飯を食って休め。話の続きは晩飯の後だ。良いな?」

 ふくを引き連れその場を後にした。

 早苗はその場に座ったまま二人の気配が消えるのを待った。
 一人になるのを待っていた。

 誰も居なくなったその部屋で、早苗は行動に出た。




 しばらくすると、薄暗くなった部屋へ、灯りを持ってお夏がやってきた。
彼女は嬉々とした様子で、部屋に入るなり明るい声を上げた。

「格之進さま! やはりすべては誤解でした!」

 彼女は主に語り始めた。
しかし、早苗は一切聞いていなかった。

「……格之進さま?」

 薄暗い部屋で何かをする主。
お夏は部屋の明かりをつけ、様子をうかがった。

「ありがとう、見やすくなった」
 
 早苗は書斎中にばら撒いた本や書付を片っ端から漁っていた。
不可解な行動に、お夏は首をかしげた。

「……何をなさっているのですか?」

「秘薬の調合方法を探すんだ。手伝ってくれ」

 お夏はその秘薬について早苗から聞いていた。
助三郎の記憶を消しさり、女心を抹殺し、身も心も正真正銘の男になれる秘薬だと。

 主の苦悩を目の当たりにした。
壊れる寸前の主を案じ、その時は不本意ながらも従った。
 しかしそれは、水戸まで戻れば何かしら止める手段が見つかるかもしれないと思ったから。
 すべての真相を知った今、逆らう以外道はなかった。
それで主を守れるなら、やるしかなかった。

「お手伝いできません」

「いいから、そこ探すんだ」

 主に向かって、お夏は叫んだ。

「おやめください! もうそのような秘薬、必要ではありません!」

「要るんだ! あれがないと、俺は生きていけない!」

「生きていけます! 旦那さまと二人で以前のように仲睦まじく……」

「黙れ! もう気休めなんか聞きたくない!」

「気休めなどではありません! 早苗さま! 話をちゃんとお聞きください!」

 すがり付くお夏。
早苗はその手を振りほどき、部屋のあら探しを続けた。

「早苗さま!」

 聞く耳持たずの主。
自分一人では止められない。
 お夏は、踵を返した。

「お聞き下さらないなら、人を呼びます!」





「優希枝? 居ないのか? ……調子悪いのかな?」

 妻は出迎えてくれなかった。
 仕方なく、平太郎は一人で自室に向かっていた。

 薄暗い廊下を歩くうち、彼は不可解な物音を耳にした。

「……ん?」

 それは父の書斎から聞こえていた。

「……誰か居るのか?」

 灯りが漏れる部屋の近くまで来て耳を済ませば、女のうめき声、衣擦れの音が聞き取れた。

「おい! 何やってる!?」

 平太郎は散らかり放題の書斎の隅で、男が女の上に馬乗りになって口を手で封じている光景を目の当たりにした。
 形振り構わず男を殴り、下の女を助け出した。

「大丈夫か!?」

「わたしは大丈夫です! それより、早苗さまが!」

「早苗?」

 お夏が指差す先を見ると、そこには先ほど力任せに殴った男が踞っていた。

「お前何やってた!? 気は確かか!?」

 黙ったままの妹。
胸ぐらを掴み、叱責する兄。
 下女は主を守ろうとした。
 
「平太郎さま! 違います! わたしはただ……」

「無傷だな? 何もされてないな?」

「はい」

「お前は早苗の、佐々木家の下女だ。なにかあったらいかん。ここは俺に任せて行け」

 お夏は早苗の様子を心配そうに伺いつつも、大人しくその場を立ち去った。
 
 平太郎は、早苗に目をやった。
黙ったまま、大人しく座っていた。
 安堵した彼は、声を和らげ、至極普通に話しかけた。

「久しぶりだな。元気だったか?」

 返事はなかった。

「父上も母上も心配してたんだ。とにかく、無事でよかった。でもな、一番心配してたのは……」

 早苗は兄の言葉をさえぎった。

「兄上、秘薬をください」

「……なんの?」

「女の記憶を消し、身も心も男になれる秘薬を!」

「無理だ」

「なぜ!?」

「あれはそう簡単には作れない。お前の場合、助三郎直筆の承諾書を燃やした灰と、助三郎の髪の毛、助三郎の血が要るんだ。あいつはいま江戸だ。作れない。それに、良く考えてみろ。一生無理だ。お前にベタ惚れのあいつが、そんな承諾書を書くわけがない。それはお前が一番わかってるはずだぞ」

 話し続ける彼は、妹の怪しい動きに気付かなかった。
 彼女は置きっぱなしにされていた、兄の小刀を抜き放ち、首に当てた。

「おい! 何してる!?」

 彼はすぐさま刀を奪った。

「バカな事は考えるな! 死ぬ気か!? ……おい、早苗?」

 早苗の身体が畳に崩れ落ちたことに驚き、刀を見た。
刃には、真っ赤な血が付いていた。

「大丈夫か!?」

 早苗は自分の首を斬っていた。
 首から真っ赤な血がとめどなく流れていた。

「バカ野郎! なんでこんな事した!?」

 怒鳴る兄に、早苗は笑みを浮かべた。

「楽になりたかったんです…… もう、これしか、道は残って無いでしょう?」

「バカ野郎!」

 騒ぎを聞きつけたお夏が走ってやってきた。
 彼女は凄惨な場を目の当たりにし、泣き叫んだ。

「早苗さま!? なぜ!? なぜこんなことを!?」

「お夏、いままで、ありがとう…… ごめんな、散々迷惑かけて…… でも、あの人と、幸せになってくれ……」

「早苗さま! 嫌です!」


 すぐに屋敷中は大混乱となった。
女が泣く声、男が怒鳴る声で満たされた。
 その中、平太郎は必死に妹の名を呼び、血塗れになりながら止血を試みていた。 
 当の早苗は次第に青ざめて行ってはいたが、穏やかな笑みを浮かべていた。

「……兄上。お着物が、汚れますよ。義姉上に、怒られます」

「喋るんじゃない! 医者はまだか!?」

 しかし早苗は話し続けた。

「……兄上、もう、おやめ下さい」

「黙ってろ!」

「最期まで迷惑かけて、申し訳ありません…… 可愛くない弟で、申しわけありません……」

「お前は俺の妹だ! 弟じゃない!」

 兄はたった一人の妹を失うかもしれないという恐怖と闘っていた。
いつしか涙が頬を伝っていた。

「生きるんだ! しっかりしろ!」

 血を多く失った早苗の意識は混濁し始めた。

「助さん…… お前の側に居たかった…… 親友としてなら、お前の側に居られた…… その為に…… この胸の女心を消したかった…… でも、無理だった…… だから……」

 助三郎を想いすぎたあまり、またしても自害を図った妹。
彼女を不本意ながら再び傷つけてしまった義弟。
 二人の過酷な運命を平太郎は恨んだ。

「早苗! しっかりしろ!」

「助三郎…… 俺は……」

 とうとう早苗は気絶した。

「早苗! 目を覚ませ! 早苗!」

 妹の名を呼び続けていたが、彼はあることを思い出した。
 それは、早苗が助三郎を庇って斬られた際に出来た傷のこと。

 格之進の姿で斬られたせいか、傷痕は格之進の身体にしか存在しない。
早苗は、格之進として自害を図った。斬ったのは、格之進の首。

 もしかしたら……

 彼は賭けに出た。

「父上! 解毒剤を!」 





 夜中。
橋野家の客間には橋野家の一同と、姑の美佳、義弟の千之助が不安な表情を浮かべて集まっていた。
 そこへ更に、平居と早苗と助三郎の上司、後藤が加わった。

 しばらくすると、身形を改めた平太郎が皆に早苗の状態を告げにやってきた。

「命に別状はありません。お騒がせして申し訳ありませんでした」

「よかった……」

 皆はほっと安堵し、互いに顔を見合わせた。
平太郎は報告を続けた。

「医者に一応診せたところ、極度の貧血といわれました。滋養をつければ、二三日で元に戻るそうです。首を斬った跡ですが、解毒剤で格之進を消したので、全く残りませんでした」

「格之進に、礼を言わんとな……」

 解毒剤で格之進をこの世から消した。
おかげで早苗は助かった。
 
「しかし、また自害を図るかもしれません…… 早く早苗の誤解を解かなければいけないのですが……」

 身内がいくら言っても聞かなかった。
一体どうすれば、いいのか。 
 その場は重苦しい空気で満たされた。

 すると、美佳が声を上げた。
 
「橋野さま、早苗さんが目を覚ましたら、話をさせてください。こうなった原因はこちらの身内の不始末。責任を取らせてください」

 一同は彼女に早苗を託すことにした。




 次の日の朝、早苗は目を開けた。

「……早苗さん。気分はどう?」

 側にいた美佳は、優しく声をかけた。
しかし、早苗は布団の中に潜ってしまった。

「早苗さん、話しがあります」

 布団を引きはがすと、早苗は泣いていた。

「放っておいてください…… こんな死に損ない……」

「放ってはおけません。とにかく、わたしの話を聞きなさい」

 美佳は『助三郎』という単語を出さずに、話し始めた。
そのせいか、早苗は大人しく聞いていた。
 
 大叔父伊右衛門が弥生と結託し、早苗を追い詰めたこと。
 それに怒った助三郎が、大叔父を殺めてしまったこと。
 しかし、それは仇討となり、罪にはならなかったこと。 
 江戸に登っていた弥生が、助三郎を脅していたこと。
 すべての真実が、やっと早苗に伝わった。

「これでもまだ息子の不義を疑うのなら、自害でもなんでもなさい。止めはしません」

 早苗の誤解が解けた。
助三郎の、命を掛けた愛にようやく気づいた。

「助三郎さま、申し訳ございませんでした。本当に申し訳……」

 早苗は泣きじゃくった。
愚かな自分の行為を悔いた。
 
助三郎との『刀を抜かない』という約束を破った。
助三郎の友『渥美格之進』を葬ってしまった。
助三郎が一度救ってくれた命を、再び断とうとした。
猛烈に悔いた。

 美佳は大泣きしている早苗をしっかりと抱きしめた。

「……貴女は悪くない。いろいろ辛いことが有りすぎて疲れたの。それだけ」

 早苗は泣いて泣いて泣きまくった。
いろんなものを吐き出し、早苗は少し落ち着いた。
 そして、美佳に言った。

「わたし、もう助三郎に顔向けできません……」

「そんなことありません。あの子は江戸であなたの帰りをずっと待っています。
早く身も心も元気にして、江戸に戻りなさい。わたしの夫と違って、助三郎は生きている。これからいくらでもやり直せるのだから」

「義母上さま……」

「わたしみたいになってはダメ。夫と喧嘩別れして、ずっと後悔していたわたしみたいには……」

 早苗は驚いていた。
姑が初めて自ら夫の話をしたことに。

「最後に見たのは怒った顔。最後にかけた言葉は、『貴方なんか大っ嫌い』最悪でしょう?」

 驚いて言葉を発しない早苗を見て、美佳は笑った。

「あら、ごめんなさい。夫について何も話していなかったわね。話さないとね、貴女にも、今後の為にもなると思うから……」

 彼女は髪から簪を抜き取ると、そっと握った。
そして、ゆっくりと話し始めた。
関連記事
スポンサーサイト



 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 雪割草シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 雪割草シリーズ
もくじ  3kaku_s_L.png 月も朧に
もくじ  3kaku_s_L.png ひとこと
もくじ  3kaku_s_L.png いろいろ
もくじ  3kaku_s_L.png はじめに
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
         
←祝    →本日復活 本日復活

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【祝】へ
  • 【本日復活】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。