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 ←〈10〉 稽古 →万松山 吉祥寺
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月も朧に

〈11〉 大きな課題

 ←〈10〉 稽古 →万松山 吉祥寺
次の日は朝一から、『身替座禅』の集中特訓だった。

松羽目物(*1)の舞踊。
佐吉の演ずる太郎冠者(*2)は台詞も舞踊も少ない。
舞踊が苦手な佐吉の最初の訓練にはちょうど良かった。

「ダメだわ」

 身代わり座禅の稽古を見学していた藤右衛門が盛大に溜息をついた。
目の前には、三河屋の長男、雪太郎。
 彼が演ずるのは、不細工で怖い奥方『玉ノ井たまのい』の目を盗み、
浮気を楽しんで意気揚々と帰ってくる男『山蔭右京やまかげうきょう』。

しかし……

「あなた、一度も浮気したことないでしょう?」

その言葉に、即座に口を挟んだのは奥方玉ノ井を演ずる幸助だった。

「おい、雪太は新婚だぞ」

しかし、藤右衛門はやめなかった。

「あなた、吉原で全くモテないものねぇ。よくお嫁さん貰えたもんだわねぇ」

「言い過ぎだぞ……」

「お義兄さんちょっと黙っててもらえます?」

 座頭のその一言に、幸助は首をすくめた。
さらに責め文句が続くのかと思いきや、藤右衛門は穏やかに話し始めた。

「あなたの真面目なところに、あの娘が惚れたのはわかってる。
あなたが律儀な役の方が上手いのは皆が知ってる。
だからこそ、殻を破って欲しいの。
それに、これはあなたのお父さんが得意な芸。三河屋の芸。貴方についでもらわないと」

「……はい」

 その言葉をかみしめるように、雪太郎は返事をした。

「さて、佐吉」

 突然呼ばれた佐吉は驚いた。

「は、はい!」

「あなた、ほんとうに下手くそ」

 叱られて当たり前だと、佐吉は頭を下げた。

「すんまへん」

「謝ってどうこういうもんじゃない。わかってるでしょ?」

「はい……」

「今回の興行終わったら、先生呼んで基礎から舞踊の稽古やり直し。覚悟しなさい」

 その言葉に、舞い上がるような気分になった佐吉。
大阪にいると行き、稽古など付けてはもらえなかったのだ。
 嬉しいに決まっていた。

「はい!」

 その喜びと期待にあふれた返事に、稽古場は笑いの渦に包まれた。





 その日の昼過ぎ、自主稽古となった。
稽古場の藤右衛門の隣には、見慣れぬ顔があった。
 遠くから見ていると、雪太郎に手招きされた。

「……鈴屋のお兄さんには覚えがめでたい方がいいですよ。挨拶行ってきなさい」

「はい、行ってきます」

 藤右衛門と一緒に居たのは、鈴屋の屋号を持つ立女形、松居鶴之丞
江戸に来て挨拶回りをして以来だった。

「お兄さん、お久しぶりです」

 鶴之丞は、三味線の調子合わせをする手を止めて佐吉に顔を向けた。

「あら、佐吉ちゃんだったかしらね?」

「は、はい……」

「今回は何をやるの?」

「はい。阿古屋は岩永左衛門、身代座禅は太郎冠者です」

「そう。がんばってね」

「精一杯、務めさせていただきます」

 緊張している佐吉に、容赦なく鶴之丞は質問を投げかけた。

「……あなた、三味線できる?」

「はい。一応は……」

 佐吉は身構えた。

「じゃ、弾いてみて」

 容赦ない言葉に、佐吉は迷った。

「なんでもいいわ」

 腹をくくり、佐吉は弾いた。
彼は自信がなかったが、下座も務めたことがある。
並みの御曹司よりは上の腕前だった。
一通り弾いた後、おそるおそる鶴之丞の顔を見た。
 彼はいたく満足げな顔だった。

「お藤ちゃん。佐吉ちゃん、あなたよりうまいわよ」

 傍で聞いていた藤右衛門に少しばかり意地悪く言った。

「兄さん厳しいですね」

「でも、お永ちゃんのお婿候補には良い人選だわ。佐吉ちゃん、今度一緒に何かしましょうね」

「ありがとうございます!」

「さてと、お藤ちゃん、あなたは特訓よ。三味線もだけど、胡弓と琴は酷いから」

「はい…… 頑張ります」

 三味線に、胡弓に、琴。
秩父庄司重忠ちちぶのしょうじしげただは景清の詮議のためこれらの楽器を阿古屋に弾かせる。
これこそ、阿古屋を出来る役者がいなくなっている所以だった。





「……どうでした?」

 戻ってきた佐吉を、雪太郎が興味津々で迎えた。

「今度一緒に何かやろうと言ってもらえました!」

「それはよかった! お眼鏡にかなったようですね。
鈴屋のお兄さんは、芸にうるさい以上に、自分が綺麗に見えるよう、見目形の良い立役がお好みなんですよ」

「へぇ……」

「うちの父は、美男じゃありませんが、友達だからよく相手役に呼んでもらえます。
弟も、兄の私が言うのもなんですが、可愛いうえに実力がある女形なので何度か共演を……」

 雪太郎は深いため息をついた。

「……私はダメみたいです。一度も呼んでもらったことがない。
今までは、鳴海屋の兄の方、清之進が独壇場だったんですけどね、弟が謹慎中でしょう?
あれは真面目だから自粛中なんです。で、私にも機会があるかなと思ったんですけどね……」

 雪太郎が鶴之丞に選んでもらえない理由以上に、鳴海屋の次男に対する疑問が更に増した佐吉だった。





 その日の稽古後、佐吉は雪太郎の家へ招かれた。
弟の雪弥も交えて食事が進むなか、佐吉はとうとう疑問に思っていることを口に出した。

「兄さん。教えてください。鳴海屋の次男ってどんな人なんですか? 
それと、永之助との関わりは?」

 すると、雪太郎は天井を睨んだ。

「どんな人って、どう言えばいいでしょうね……」

「そや…… 芝居のお役で言うと、誰に似てますか?」

「『五十両……』(*3)」

「いや、兄さん、あの性格は『首が飛んでも動いてみせるわ』(*4)ですよ!」

「それも一利あるな……」

 仮名手本忠臣蔵の斧定九郎。
東海道四谷怪談の民谷伊右衛門。
 間違いなくそれは……

「……色悪」

「そう、あれは、色悪そのもの……」

「それで、永之助との関わりは?」

「……知りたいですか?」

「はい」

 渋る表情の雪太郎に雪弥は頭を下げた。

「兄さん、佐吉兄さんこそ、お永姉さんにふさわしいお婿さんだと思います。
教えてあげてください」

「……わかった。お瀧を呼んで来てくれるかい?」

「はい」


 少しの後、部屋には雪太郎の新妻、お瀧が現れた。
ひと通り挨拶をすませると、彼女は神妙な面持ちでこう言った。

「……お永ちゃん本人に絶対言ってはダメです。お約束してくださいますか?」

「……はい」

「詳細はこの人と、わたしと、吉原の吉野さんしか知りません」

「お志乃ねぇちゃんも……」

 それだけ重大な秘密だという事を肝に銘じた佐吉は、お瀧の話に耳を傾けた。

「お永ちゃんと、三河屋の次男、緒川清次郎は、お永ちゃんと同い年です。
初舞台も一緒で、小さい時から仲良く同じ舞台に立っていました……
それ故でしょうか。両思いだと、皆は思っていました」

 遠くを見るような目つきで、雪太郎はつぶやいた。

「最初はそうだったんでしょう。でも、ある時から狂ってしまった……
十歳を過ぎた頃でしょうか、次第に実力に大きく差が出てきました」

 芸の話に移り、雪太郎が続けた。

「そのころからでしょうか。清次郎さんは、若い女の子にだけ人気がでて、一方の永之助さんは、幅広く支持されるようになって……」

「何が理由です?」

「清次郎さんの見た目は素晴らしいんですよ。しかし、持って生まれた声が悪い…… それに、お役の心を学ぼうとせず、お役に自分が近づくのではなく、自分の方に寄せてしまう。そこが、受けないのではと思っています?」

 一通り話し終えたと見える雪太郎に茶を出したお瀧が、話の方向を変えた。

「……ここからは、本題です」

「はい」

「両想いで、家格も釣り合いが取れる。それゆえ、見合いが決まりました。
二人きりになった時、清次郎さんはお永ちゃんを連れ出し。小さな茶屋に入ったそうです……」

 佐吉は嫌な予感がした。

「おわかりでしょうね…… しかし、未遂に終わりました」

「でも、好きな男となら……」

「それが、甘い言葉どころか、とんでもないことを言われたあげく、抵抗したら殴られたそうです……」

「は!?」

 女を殴る行為が理解できない佐吉は、声をあげた。

「『お前が子を孕めば、必ず婿に入れる。親父と兄貴を見返すことが出来る。
お前は舞台に立てなくなって、俺の天下だ』と……」

「そんな……」

 相手が純粋に自分に惚れているのを利用した男。
思い通りに事を運ぶため、女に手をあげた男。
 何故そんな男だとわからず、ずっと恋い焦がれていたのか。

 佐吉の脳裏に、永之助の笑顔が浮かんだ。
同時に、『婿は嫌だ』と泣いた光景が浮かんだ。

「その時、お永ちゃんは初めて本性を知ったようです……」

「それで、清次郎さんは?」

「はい。逃げたお永ちゃんに怒り、茶屋で暴れたことを理由に、謹慎処分となりました」

 そこは藤五郎にも聞いた話だった。

「それ以降、二人は会ってないんですよね?」

「はい。でも、厄介なことが……」

 お瀧は苦しそうに言った。

「あの子、まだ思いきれていないのです。心の底では、まだ希望を持っているんです。
自分が清次郎さんを受け入れなかったからとか、自分が生意気だからとか、自分のせいだからといまだにわたしに言ってきます…… 戻ってきたら、昔の清次郎さんになってるかも知れないって……」

 しかし、雪太郎は厳しく言った。

「佐吉さん。清次郎さんの改心は絶対に無理です。実の兄の清之進もそう言っていました」

「はい……」

「あの子の問題は、『見合い』『婿』という言葉を聞くと思いだして泣いてしまうという事。また、心の中にかつての純粋な清次郎さんがまだいるという事。それをよく知った上で、接してください。
私は、貴方に期待しています。あの子を救ってください」

 佐吉はどうこたえていいかわからなかった。

心に闇を抱え、悪い男の呪縛から逃れられない永之助。
いまだ彼女を可愛い弟にしか見られない自分。

 これから自分はいったい何をすればいいのか……




(*1)松羽目物≪まつばめもの≫
松羽目(能舞台をまねて舞台の正面に老松を描た舞台装置)が使われる舞踊
例:『勧進帳』

(*2)太郎冠者≪たろうかじゃ≫
主人や大名に仕える家来。曲や演目によりさまざまな性格になる。

(*3)『五十両……』
仮名手本忠臣蔵の五段目。お軽を売った金の半分を持って家路に急ぐ父与一兵衛を襲って金を奪う斧定九郎のたった一言のセリフ。
(筆者は愛之助、獅童でしか見たことがありません。)

(*4)『首が飛んでも動いてみせるわ』
東海道四谷怪談。悪事仲間の直助権兵衛が『お前もよっぽど強悪だなあ』と言うと『首が飛んでも動いてみせるわ』と居直る。
(筆者は染五郎でしか見たことがありません)
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